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遠いどこかを見つめるような   ~うたかた@ちゃり

 とらの上着がきれいな花模様になって帰ってきて、僕らはその晩テントの中で輪になって対応を協議した。とは言えそれはいつもと同じ食事風景だったけれど。
 まずは今の今まで半蔵にしか話していなかった出来事を皆に知ってもらうことから始める。つまり、森で道に迷った僕を助けてくれた生き物たちについてだ。鳥のような黒い羽毛を持ちながら人のような暮らしをしている彼らについて。
 その出来事を今まで仲間にも明かしていなかったのは、これが「うたかた」議会からの指示に反することだからだ。
 地上でたとえ人と会っても最低二年は接触を避けること、という指示。
 僕らは今まで議会の指示にすべてを委ねて生きてきた。なのにこの未知の場所で、議会の絶対の指示に背くと言う不安、それを皆に分け与えてよいものか、半蔵と僕は迷っていた。
 けれど今、こうして手元に「とらの花模様の服」という証拠物件があること、またどこかからピアノの音が聞こえてきたこと、それは先方の人(らしきもの)の方から僕らに接触を図ってきたということなのではないか。こうなれば、いよいよ僕ら全員足並み揃えて方策を決めるべきなのだろうと思う。
 半蔵が議長となって皆にそれを問いかける。
 まず服に花の絵を描き込んだものを積極的に探して会いに行くべきかどうか。それについて「うたかた」に指示を仰ぐべきか。
 皆しばらく互いに目を見交わしたりしていたが、やがてシオが迷いのない口調で言う。
「それはもう会ってみたいよね。もうすでにエーサクが出会ってしまってるんなら、今さら接触を避ける必要なんてないんだろう?」
 これに、医師である佐吉が答える。
「未知の接触感染を避けるためという意味ではそうだな。聞いたとおりならもう体が触れてるし、エーサクは出された食料も口にしてるってんだから、今さらだ」
 充電池式ランタンの乏しい灯りのそばで、ロンが控えめに言う。
「じゃあ、議会にはまだ秘密にしておいたほうがいいですよね。言ったらきっと反対されるし、エーサクが何か咎められるかもしれない」
「いや、別に報告したって差し支えないんじゃない? 情報は共有しておくべきだよ」再びシオが言う。「今のところは病気も何もないみたいで良かったけど、今後いつかはトラブルもあると思うんだ。どっちみち報告は避けられなくなるよ」
 とらが不安そうに肩をすくめる。口を挟んだのはピースケだ。
「報告したら会うなって言われるよね?」
「もしそうでも」すかさず切り返すシオ。いつしか彼が議論を引っ張っている。
「僕らがそれに従う必要なんか、もうないじゃないか。議会は海の中から口を出してくるだけなんだから痛くも痒くもないよ。僕らは斥候なんだから「うたかた」にとっては失くせない役割だろ。今現在、実質的な優位は僕らにあるんだ」
 佐吉が呑気な声で言い足す。
「だいたい人がいても会うなって、そんなのできる訳ないよなあ。二百年ぶりに他所の人を見かけたら近寄って元気ですかって声かけるだろう、普通」
「そう言われたらそうかも……」ロンが顎に手を当てて考え込む。
 ピースケが少し身を乗り出した。
「あと、ぼくは彼らが何を食べてるか知りたい。エーサクだけ食べ物を貰ったなんて羨ましい、ぼくだって食べてみたい!」
 モバイルPCでメモを取りながら、聞き役に徹しようと思っていた僕もつい口を開く。「そうそう、あとあの家も、もっと良く知りたい。僕たちずっとここでテント住まいなんて続けられないだろう? あの人たちは森の中に木造の家を建てて住んでたんだよ。もしできるのなら僕らもそうしたほうがいいと思うんだ」
「そうだね。今は気候も安定しているけど、もし嵐なんか来たらこんな話し合いしてられないよ」とシオ。
 確かに、と皆が頷く。
「じゃ、纏めるぞ」半蔵が僕に目配せをする。
「1、森へ行って人らしき生き物を探して会う。2、議会へは事実のとおりに報告する。3、我々の方針と議会のそれが相反する時は、その旨報告の上、僕ら七人の協議によって行動を決める」
「異議なし」

 そういう訳で、手始めに僕が羽毛の人に出会った森へ行ってみることになった。
 そこは通常の僕らの行動範囲からはだいぶ奥へ入り込んだ所で、道に迷いでもしなければ踏み込むことはなかったろう。これからは人らしきものに出会えるまで毎日ここへ通う。参加メンバーは僕と、花模様の上着を着たとら、日替わりでもう一人が護衛に付くという構成とした。
 「うたかた」への報告は僕が森で道に迷ったところから始め、これから羽毛の人と再度の接触を図ることまでを決定事項として書いて送信した。返事はまだない。
 森を散策しながら黒い羽毛の人が見つけてくれるのを待つ。一応僕らのほうも周囲にそれらしい人影が見えないかと気を配ってはいるが、いくぶん遠目の利くロンが同行した日にも何も見つけられなかった。そうして数日が過ぎた。
 その日の同行者はピースケだった。ピースケは森に入ると嬉々として歩き回り、木の実やら茸やら食料になりそうなものを次々に見つけて拾い、木立に分け入っていく。僕は連日あまりに何も起こらないので飽きてきて、とらと一緒に木立の空いた場所に座り込んで雑談していた。
 僕らはその場に一時間ほどもいただろうか。ピースケが僕らのもとへそっと戻ってきて、遠慮がちに声をかけてきた。
「あの……」
 話をやめて振り返ると、ピースケはおずおずと目線をさ迷わせながら背後を指し示す。
「この人、紹介したいんだけど」
 彼の後方の木立から、大きな黒い影がうっそりと歩み出てきた。
 僕は思わず息を飲んで見つめてしまった。
 羽毛を持つ、人に似た生き物。姿かたちはかつて出会ったものたちと同じ、けれどあの時あの場にはいなかった個体だ。
 僕は慌てて立ち上がり、ピースケとその生き物を交互に見る。とらは呼吸さえ忘れたように固まって僕の脚に隠れるようにしがみついた。
 それ、いや、彼か? は、僕らの倍くらいの背丈があり、指先には鉤爪。腰から膝の辺りまでは黒い衣服が覆っているが上半身に纏っているのは自前の羽だけだ。その顔までもが細やかな羽毛で覆われているが、頬には一筋斜めに白い部分があった。傷痕だろうか。羽毛を除けば人間とそう変わらない顔立ちだが、目は真っ黒できらきらとしている。
 彼が言葉を発した。
「おうお前ら、よく来たな。まあゆっくりしていけ」
「喋った!」と足元から、とらの声。
 僕だって驚いた。この個体は人の言葉を話すことができるのか?
 羽毛の人がとらに目線を据える。「ああ? 普通に喋るぞ。よろしく頼むわ」
 びくりと身を竦めるとらを宥めるようにピースケが割って入る。
「この人、さっきぼくが毒のある茸を採ろうとしてたところを止めてくれたんだ。名前は、えーと……」
 言いながらじっと彼を見つめる。それがまるで、うっとりと見惚れるような見つめ方だった。
 羽毛の人は何やら長い名前を聞き取れない発音で名乗った後、
「テトラと呼んでくれればいい」と言った。
 気をつけて聞いてみるとその声は、彼が携えている機械から発されている。腰のベルトに着けられた小さな本のような機械。それが彼と僕らの言葉を通訳しているのだ。以前に会った時は気付かなかったけれど、羽毛の人はかなり進んだ技術を持っているようだ。
 テトラは主に両手を使った素早い身振りと声を交えて話す。一瞬遅れて腰の機械から言葉が流れ出る。どうやら手話のように、手の動きが言語に含まれるらしい。
「お前らのことは空を飛ぶ連中からよく聞いてる。近ごろ噂になってるからな。俺はここんとこしばらく遠出してたんだが、帰りの道中たびたび噂を聞いてたよ、海から上がってきた人間たちのことを」
 僕も彼に話しかけてみた。
「僕は、あの、名前は朔太郎っていいますけど、エーサクって呼んでください。以前ここで道に迷って、あなたによく似た……人? たちに助けてもらいました」
「ああ、迷子の人ってのはお前だったか。体が小さくて子供のようだが大人で、遠くがよく見えない。そう聞いたが、お前さんらはみんなそうなのか?」
「ええ、まあ」
 ピースケもとらも口を挟まないので、まるで僕が代表のように対話する形になっている。
「ええと……僕らとあなた方は、姿もこんなに違う。あの、失礼だったら申し訳ないんですが、あなたは、あなた方はいったい何……誰なんですか」
 ふと彼が微笑んだように感じた。羽毛に覆われた顔は表情がよく分からないが、雰囲気が少し柔らかくなっている。
「ああ、俺の姿は怖いか?」
「えっ、……いいえ」
 見透かされた。
 彼はおっとりとした動作で地面に腰を下ろした。それでようやく、立っている僕より目の高さが少し下になる。彼の黒い羽毛の上で冬の日差しがちらちらと跳ねる。
「俺たちはお前さんたちのことを『胎生人』って呼んでいる。それに対して言うなら俺たちは『卵生人』ってことになるな。はっきりしたことは分かってないが、俺たちの祖先はたぶん鳥だ」
 とらがおそらく無意識に呟いた。
「鳥」
「この羽毛と手足の鉤爪が鳥っぽいだろう。だから俺たちはお前さんらとは全く違う生き物なんだが、お前さんたちが水から上がってきた当初からずっと見て知っていたんだぜ。たまにはさり気なく助けたりしてな。まあ俺は旅の最中だったから、飛ぶ連中から話を聞いてただけで何もしてないが」
「当初から? ずっと見てたんですか?」
「声をかけてくれれば良かったのに」
 つい口から出たという様子のピースケに、テトラは目を向ける。
「お前さんらに、はっきりと分かる形では手出しをしないって決めてたんだ。何て言うのかな、基本は見守るだけで、野生動物保護みたいなスタンスと言ったら気に障るか?」
 彼らにとって僕らは野生動物なのか。確かにこんなにも違う生き物だ。正直、上陸当初に彼らのほうから接近してきたとしたら僕らはパニックを起こして、議会の指示も何もかも反故にして逃げ出していたかもしれない。
 どうしてか、僕たちは知らず彼らに守られていたのか。
 テトラは軽く笑って言葉を繋ぐ。
「で、今は村に帰るところだったんだがお前さんたちを見かけて、まあ見てるだけのつもりだったんだが、あんたが毒キノコを嬉しそうに摘み取ろうとしてたもんで咄嗟に止めちまったわけだな」
「どうも、ありがとう」
 ピースケが目を伏せてお礼を言う。その頬が少し赤い。
 僕は話を続けた。
「迷ったところを助けてもらった時も、とても親切にしてもらいました。どうもありがとう。あの時は言葉が通じなくてお礼が言えなかったんです」
「いや、助けたのは俺じゃないからな」
 まるで保護者のような大らかな、優しい印象。僕は尋ねてみた。
「何日か前にはどこかからピアノの音楽が聞こえたんです。あれもあなた方が、僕らに何か……伝えようとしていたんでしょうか」
「ピアノか。そんなことがあったって話は聞いてる。でもそれは俺たちじゃないんだ」
 テトラは地面にあぐらをかいて膝に片肘をつき、その手で頬杖をついて思案している。
「そうすると岩棚の町からってことになるが、連中がそんな働きかけをするかな。それとも何かの手違いなのか? もしかしたらあそこにも、お前さんたちと関わりたい人間がいるのかもしれないな。そうだったらいいんだが」
 また新しい要素が出てきた。
「岩棚の町、っていうのは?」
 テトラが森の奥を指し示す。
「この森のどん詰まりは高い崖になっているだろう。その途中に埋まってる街だ」
 そんなことは知らない。かけらも気付いていなかった。この海辺だけでも、僕らに見えていないものが余りに多くて眩暈がする。まったく途方に暮れてしまう。
「僕らには、見えないんです」
「さっきも俺が声をかけるまでまるっきり気付いてなかったもんなあ」
 むしろ感心したようにテトラは問うてくる。
「じゃあ、ここからの風景はどんなふうに見えるんだ?」
「木々が入り組んで、どこまでも続いているように見えます」「じゃあ空はどんなふうに見える?」「明るいです」――そんな会話の後、テトラは穏やかな横顔を見せてどこか遠くの一点を見つめ、ひとつ息をついた。
「お前さんらには本当に見えてないんだな」
「故郷にいる時に検査をして、目の機能には異常がないと分かっているんです。いつか見えるようになるかもしれないとは言われました」
 テトラが僕ら三人の顔をぐるりと見回す。
「てことは、今はまだ頭ん中に『遠く』っていうものが存在してないんだな。だから見えないというか、感知できない」
 彼の言葉はほんの少し僕らを憐れんでいるように響いた。
「僕らは長い間、海の中で、狭い球体の中でずっと暮らしていたんです」
 『遠く』。言葉では知っているけど。僕には実感できない。
 遠く、手の届かない場所、触れることができないもの。その感覚を掴むことができたら、見えるようにもなるのだろうか。ロンならそれがどんな感じか、ある程度知っているだろうけれど。
 ピースケが遠慮がちに言った。
「ぼくは、少しだけ見える気がする、時があるよ。夜明けや日が沈む時、風が吹いてくるときとか、何だかとても綺麗で胸が痛くなるような、『遠く』を見るってそんな感じじゃないかな」
 テトラが微笑んだ。
「そ、そんな感じならぼくも知ってる、かも」とらが小声で言う。「ミネルバのことを考えるときがそんな感じだよ」
 ピースケととらも。
 手の届かないものへの憧れのような、そんな気持ちを持っている二人になら「解る」感覚なのかもしれない。

続く

テトラは一話限りのキャラのつもりで名前を付けたのですが今回また出てきてしまったので、「やっちまった…」と思いつつ、とらの名前が今回からさりげなくひらがな表記になっております。面目ない…。
maiさんが仰った「キャラに名前を付けると動き出す」という言葉の通りでした、まさに! 紛らわしくなってしまってすみません。
久しぶりに「うたかたシリーズ」を書いたら長くなってしまい全部書く余裕がなく、一話完結にできなかったのが残念。でもその分次回は楽かな? 4月末に上げられるといいな…。

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