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こがれる想いを書きとめる  ~うたかた@ちゃり

 それから僕ら三人はテトラと共に、浜の草地の拠点へ戻った。戻る道々にピースケはテトラの足元に纏いつき、目に付く植物が食べられるかどうかひっきりなしに尋ねた。
 浜に着いて全員を呼び集め、大きな黒い羽毛の人を引き合わせるとひとしきりの混乱。その後、ロンはひたすら絶句してテトラを見つめ、シオは彼の来歴や暮らしについて矢継ぎ早に質問をする。佐吉は彼の羽毛や肌、骨格の様子に興味津々で触れてもいいかと尋ね、半蔵はそんな全員を見渡してから進み出て、「初めまして」とテトラに右手を差し出した。テトラは鷹揚な笑顔を見せ、左の前腕を佐吉に撫で回されながら右手を半蔵に差し出しつつ、「胎生人の挨拶は知ってるが、ご覧の通り爪が尖ってるんで、できないんだ」と言う。我らがリーダーはその手を両手で軽く包みこんだ。「半蔵と言います。以後宜しく」
 姿形が違う生き物とのファーストコンタクトでも、言葉が通じるというだけで心理的な障壁はほとんど飛び越えてしまえるらしい。知りたいという気持ちは全てに勝る。

 僕らの暮らすテントはテトラにはだいぶ窮屈なので、皆で草地にじかに座った。テトラは海側に向かって草の上に胡坐をかき、斜め後ろから午後のゆるい日差しを浴びている。
 もてなす用意が何もないので、予期せぬ客人にはうたかたから送られてきた「のど飴」と水を出した。テトラはお返しにバックパックから氷砂糖を出してくれた。ピースケが大感激してそれを恭しく指先につまみ、日に透かして宝石のように矯めつ眇めつ眺めたのでテトラは「それ、食いもんだぞ。甘いぞ」と念を押す。僕らの故郷にも氷砂糖はあったが、お祭の時くらいしかお目にかかることはなかったし、日の光の中で見るのは初めてだ。
「お前らを見てると懐かしい気分になるな」
 テトラは顔をしかめて笑った。
「俺は子供の頃、森で胎生人の子と出会ったことがあるんだ。迷子を助けるつもりが俺はあの子に大怪我をさせちまって、そのまま何もできなかった。だからお前らを見ると、何かこう、できることがあるなら力になりたい。まあ昔の埋め合わせみたいなものなんだがな」
「胎生人、って僕らと同じ人ってことですよね」僕は急いで問い返す。
「ああ」テトラは頷き、とらが着ている服の花模様を指し示す。
「お前さんのその服、その花の絵は誰が描いたんだ?」
 逆に問われた質問の要点が分からないまま、会話の流れで僕が答えた。
「これは分からないんです。風の強い日にその上着が飛ばされて、鳥が、もしかしてあなたの仲間の鳥でしょうか、運んで返してくれたみたいなんですけど、戻ってきた時にはこの絵が描かれていたんです」
 テトラは目を丸くして笑った。
「そうか。それなら、その絵を描いたのはきっとスミだ。俺が昔大怪我させちまった子なんだが、鳥たちとも仲良くしてくれてるようなんだ」
 そしてとらの背の花模様を大事そうに撫でる。とらは背筋を伸ばして硬直した。
「今あの子は岩棚の町で画家になってるんだ。俺はあれ以来会ってないが、隊商の仲間からそう聞いた。あの子の絵がここで見られるなんて、嬉しいことだ」
 僕は更に問いを重ねる。「この絵を描いたのはあなた方の誰かではないんですか?」
 めっそうもないとテトラは手を振る。
「俺たちにはこんな良くできた絵は描けないよ。とにかく手先が不器用でね。胎生人がつくる絵や工芸の美しさはよく解るが、俺たちではあれほどの物は作れない」
 僕らはてんでにぽかんと口を開けていたり、目を見交わしたりしている。
 テトラがごく自然に話題に挙げるので聞き逃しそうになるが、いま彼が話していることは、地上にはまだテトラ言うところの胎生人が、僕らの他にも生きているという意味を持つ。
「つまり、つまり……、あなた方と、その岩棚の町に住んでいるという人たちは別の生き物なんですね? 別々の街で独自のコミュニティーを作って、別の文化を持って暮らしていると。そして彼らは僕たちと同じ胎生人だと」
「ああ、そこからになるのか」テトラは目を見開く。「お前ら本当に何も気付いていなかったんだな」
 そして上体を捻って、僕らにはまだ見えない崖の方角を指し示す。
「あそこに住んでるのは胎生人だよ。体の大きさは俺たちと同じくらいだが、たぶんお前さんらと同じ種類の人間だ」
 その言葉を聞いたとき、僕はまるでたっぷりの湯に浸かったように体温が上がった気がした。その言葉がこれほど体を温かくするとは我ながら意外だった。
 地上に生きている人らしきものは、羽毛の人だけではなかったのだ。僕らが最後の生き残りではなかった。
 どれだけの数かはまだ分からないが、おそらく僕らと先祖を一にする同じ姿形の人間が、岩棚の町には住んでいる。
「だが、岩棚の連中はお前さんらとはずいぶん体格が違うな」
 思案げに首を捻るテトラに半蔵が答える。
「私たちは閉鎖環境での生活を保つために、過去に体を変えてしまったんです」
 どうでもいいことだが半蔵は外部の人間を意識してか、一人称が「私」になっている。仲間内では初めて聞いたので、何だか可笑しい。
「狭い場所で、少ない資源をやりくりしていくために、体を小さく変えたんです」
「そんなことまでできるのか」テトラは恐れ入ったように呟く。
「そもそも、私たちの故郷は医療分野に特化された研究都市でしたから」
「ははあ。それほど進んだ社会だったのに、どうして今はこうなっちまってるんだろうな……」
 どうしてももう一つ重要なことを聞きたくて僕は口を開く。
「人間――あなた方の言う「胎生人」は、その岩棚のほかにもどこかにいるんですか?」
「ああ、いるとも。遠いけどいくつか街があるのを知ってる。規模はどれも大きくはないな」少し迷ってから付け足す。「全体の数が、おそらくあまり多くはないんだ」
 テトラの話では、胎生人たちはそれぞれの街の中でひっそりと隠れるように暮らしていて、街の外へ広がろうとする様子はまったくないらしい。
「現状は、俺たち卵生人の隊商が彼らをつないでいるんだ」
 テトラは言葉を選ぶように深く考え込みながら穏やかに話す。
「彼らは俺たちが他所の町から運んできた品物を見てるから、他所にも仲間がいるってことは分かってるはずだ。なのにそこへ会いに行こうとか、手紙や何かで交流しようとか、そういう意思がまったくないようなんだ」
 僕らはまたも互いに顔を見合わせる。
「どうしてそんな風になっちゃってるんだろう」
「お前たちは言葉が通じない相手に対しては用心深くなっちまうのかな」
 テトラは空を見上げる。
「俺たちは空を飛ぶ連中とも意思や知識を通じ合わせることができるけど。どうにも胎生人の考え方はまだよく分からんね。変に手出しをしていいものかどうか判断に迷ってるところかな」
 彼は空に向かって両手で何か手振りをした。つられて上空を見上げたロンが溜め息のように言う。
「鳥がくるっと回って飛んでいった」
 テトラはふっと息を吐く。
「実のところ俺たちにしても、全体の意見が一つに纏まってるわけではないんだ。胎生人に一切の手出しはおろか姿も見せるべきでないって考える者もいれば、積極的に保護して数を増やしてやるべきだっていう者もいる」
「あなたはどちらですか?」半蔵が尋ねた。
「俺は実際に連中と物の売り買いをする隊商に入ってるくらいだから、関わっていきたいと思ってる。でも品物だけ動かす隊商の活動には批判も多いんだ。却ってお前さんらの自主自立を妨げるんじゃないかってな。俺たちとしては、品物が動くのをきっかけにしてお前さんたち自身が互いの街を行き来したいと思うようになりゃいいって考えてるんだがな」
「あなたはどれくらいたくさんの街を行き来して、見てるんですか?」
「隊商に入っていれば、本来は一年かけて五箇所くらい回るんだが、何年か前にこの翻訳機械の噂を聞いてな、ちょっと遠出して探しに行ってたんだ。何とか無事に手に入れたんで久しぶりに戻ってきたら、ちょうどお前らが海から上がってきたってのは奇遇だな」
 そこでテトラは僕ら一同をぐるっと見渡し、改まった調子で述べる。
「この機械を手に入れたかったのは、胎生人たちと話したかったからだよ。他の町の事は分からないが、岩棚の町の連中が用心深いのは、もしかしたら俺が昔起こした事件のせいなのかもしれない。だとすると、俺はもう同じ間違いはしないつもりだし、岩棚の町の連中をもっと広い場所へ引っ張り出したいんだ」
 いったん言葉を収め、テトラはその手の鉤爪を見つめた。それから目を上げ、もう一度僕ら全員を見る。
「良かったら、どうだ、手伝ってくれないか。俺たちは連中とは姿が違うし、たぶん警戒されてるんだ。お前さんたちなら同じ種類の人間だし、なりも小さいから連中も気を許すかもしれない」
 僕らの目線は自然と半蔵に集まる。半蔵は背筋を伸ばし、テトラに倣うように一座を見渡す。万事に慎重なとらでさえ、控えめに首肯した。
「それはもう、異論はないでしょう。私たちも、地上に住む人たちに会いたい」
 テトラは嬉しそうにその真っ黒な眼を細めた。
「有難い」
 岩棚の町を訪ねてみたい。彼らがどんな人たちだかまだ分からないが、いま地上でどんな風に生きているのか直接聞いてみたい。テトラと出会って間もないのに、僕らはずいぶん大胆になっている。
 しかしテトラの話によれば崖下から街へ直接通じるルートはなく、街を訪ねるにはまず崖上の台地へ上がり、そこから索道を下っていくしかない。そもそも岩棚の町は基本的には閉じていて、隊商が街を訪れる5月と11月の年二回、その決まった時にしか交流はないと言う。
「街の連中は崖の上の台地で作物を作っているから、今の時期に会えるとしたら台地へ行って、畑の作業に出てくる人をつかまえるしかないな」
 加えてテトラは懸念も口にする。
 崖を避けて歩いて台地に上がれるルートはここから大変な遠回りになる。体も小さく、長い距離を歩きなれていない僕らには下手をすると数日かかるかもしれないと。
 だとすると野宿の仕度や食料などの大荷物を抱えて行くことになるので、僕らにそれができるかとテトラは心配している。
「また俺のせいでお前さんたちを害したりするわけにはいかないからなあ」
 けれど実を言うと僕はあまり不安を感じない。もとより僕らが今ここにいること自体が一つの実験なのだから、結果がどう出たとしても全てが大切な記録になるのだ。ともかく行動して、記録していく。それが僕の役割なのだ。

続く

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