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孵化する磯魚  ~うたかた@ちゃり

 それからテトラは何度か浜に来て、旅支度を手伝ってくれた。旅と言うのは大げさだけれど、僕らにとっては初の、目的地のある長距離移動だ。
「必要なのはまず水と食料と、防寒具だな。野宿の時に使う」
 テトラはこれまで自身が旅暮らしに役立ててきた、いろいろな品物を僕らに提供してくれた。干した果物などの保存食、植物の繊維で作ったシートや毛布のようなもの。
 珍しいものがたくさんあり、主としてシオとピースケが興味津々なようすで食いついている。
「こんな織物見たことない。面白い」
 厚手の少し硬い大きな布をシオが両手に広げ、何度もひっくり返してしげしげと眺めている。
「こいつは旅先で、胎生人の村との取引で手に入れたんだ。密に編んであってちょっとした防水になってる。優れものだぜ」
「へえ……こんないいものを作れる人がいるんだ!」
「そうさ! 思わず旅に出たくなるだろう?」
 とテトラは笑った。
 岩棚の町へ向かうメンバーは花模様の上着を着たとらと、食材研究のために同行すると言って譲らないピースケ、記録係として僕。まずは少人数で行ってみて、町の人たちの反応を探ってみる。それこそ会ってみないことには分からないけれど、今まで僕らを放っておくくらいだから、いきなり攻撃してくるようなことはないだろう。――多分。何か新しいことを行うときには、希望的観測も必要だ。
 加えて、テトラの話によれば岩棚の町はもうすぐ新年を迎えるお祭の時期で、市民たちの気分もいくらか緩んでいるかもしれないという。ちょうどその時期に着くようにすれば、上手く行けば子供のふりをして町に紛れ込み、中の様子を窺うこともできるかもしれないと。
「でも、あの」
 とらがおずおずと問いかける。
「そんな、無断で侵入、みたいにしなくても、テトラさんたちはあの町と商取引があるんですよね……ちゃんと自己紹介すれば、町へも普通に入れてくれたり、しませんか」
 これは僕も同じように思っていた。テトラが先導してくれるなら心配はいらないだろう。
 ところがその点を、かの隊商の一員である羽毛の人は危ぶんでいるようだった。
「話したろう、俺はスミが子供だった頃に大怪我をさせてしまってるんだ。噂で聞いただけだが、あの子は今でも足が少し不自由なままだ。あの町では障害を持つ者たちはいい処遇を受けられない。幸いにスミは絵の才能があるからまだ受け入れられてるようだが、もし苦労もあるなら俺のせいだ」
 テトラの言うその理屈は僕らには少し理解しにくい。「うたかた」ではそもそも人間は計画通りの必要数だけしか生まれてこないので、どんな人でも一様に市民としての役割を果たしていかなければ社会が成り立たない。「町に受け入れられない」という存在は有り得ない。
 首を傾げて顔を見合わせる僕らをテトラも困ったように見渡した。
「当てにならなくてすまないが、きっと町の連中は俺たちに対して、いい感情は持っていないんだろうな。互いに物資が必要だから商取引の場には出てくるが、逆にそれ以外の時には俺たちと関わろうとしない。だからむしろ、彼らと会うときには俺はいないほうがいいかもしれない」
 ともかくも、結果は行ってみなければ分からない。
 実のところ、僕の不安はまったく別のところにある。それは地上の人と僕たちとの間にではなくて、僕らと「うたかた」との間に。
 ところで今回の偵察旅行に対して我らが故郷からの反応はどうかというと、議会でも結論はまだ出ていないらしく、「GO」も「NO GO」もない。ただ定例通信で、感染症にだけは重々気をつけろという短い文章が届いただけだった。「うたかた」としてはやはり僕らをただ見守る他にできることはないのだろう。
 それからまもなく、海中からの風船便で魚や野菜のレトルトなど、いつもより沢山の糧食が届いた。まあこれが返事と言えば返事だ。
 できる範囲での仕度を整え、僕らはテトラと合わせて四人、町へ向かう道へ足を踏み出した。
 浜に残る半蔵たち四人が、テントの横に立って僕らを見送ってくれている。
 僕らは森へ、軟らかい土を踏んで行く。今まで気に留めたことはなかったが、僕らの足元に、茂みの間を抜けていく細い道が確かにある。これまで浜やその近辺をうろうろしていた僕たちのこんなにすぐ傍で、きっと鳥の人たちが何度かこの道を使っているのだ。
 道は緩く起伏を繰り返しながら少しずつ上って行く。僕は時々浜の幕屋を振り返って見たが、何度目かにもう木立に紛れて何も見えなくなった。
 とらは歩き始めから殆ど振り返ろうとせず、気をつけて足元を見ながら用心深く歩を進めている。ピースケは逆にしょっちゅう来た道を振り返り、いっそ後ろ向きに歩いたほうが速いのではと思うほどだった。
 道を先導するテトラは道々僕らを常に気遣ってくれ、特に靴擦れに注意して多めに休憩を取った。足が基本だからな、と、少しでも違和感があればその場で止まって靴を調整するようにした。
 そうしつつ、彼は時おり風に黒い羽根をそよがせ、空を振り仰いで眺めている。
「鳥と話してるんですか?」
 ピースケが尋ねると笑って首を振る。
「いいや、雲の動きを見てるんだ。あと数日はいい天気が続きそうだよ」
 僕らはじわじわと這い進むように道を辿り、二晩野宿をして、実際どのくらいの距離を進んだのか僕には全く分からない。
 道中ピースケは常に全方位、全力で脇見を繰り返し、気になるものを見つけては立ち止まってメモや標本を採る。彼の興味はいつの間にか食糧確保に留まらず、落ち葉や木の実の殻、鳥の羽、虫の死骸なのか、何だかよく分からないもの、様々なものを拾い集めている。
 休憩のときはめいめいに湿っていない場所に腰掛けてボトルの水を飲んだりおやつを摘んだりし、テトラの持ってきた干し果物と、僕らの魚の燻製を交換したりした。
「楽しいです! 旅って楽しい。お祭みたいですね」
 ピースケはいちいち目を輝かせている。
 とらの様子はまあ予想通り、不運な出来事が何も起こらないことだけを祈って大人しい。
 僕はただそれらを淡々と、携帯タブレットに記録していくだけだ。
 そして日が暮れる前に野宿の仕度をする。鳥の人たちには使い慣れた場所がいくつかあるらしく、テトラの指示通り風の当たりにくい斜面の窪みに防寒シートを敷いて、快適な休み場所を確保できた。
 地上のことをほとんど何も知らない僕らが、知らぬまま鳥たちに守られ、その上テトラのような旅慣れた同行者に恵まれて、こんな夢にも見なかったような場所を旅しているのは驚くべきことだ。うたかたから出てきたときの僕らは、使い捨ての偵察隊でしかなかったのに。
「うたかた」の中で暮らしていた頃、僕たちはそれぞれの役割以外の特徴を必要としていなかった。むしろ議会からの指示通りに動くことが市民の価値だった。その僕らが、地上に来てから少しずつだが各人の行動や性格に個性を獲得しつつある。
 水の中から脱し、議会の支配力が失せてから、一人一人の違いがどんどん強くなってくる。
 正直な気持ちを言えば、僕はそれを少し怖ろしく感じる。故郷から僕らがどんどん離れていくようで、個性を得る分だけ何かを失っていくようで、怖いのだ。
 この地上から見てみれば、うたかたの小さな社会は閉じられた水槽のようなものだったかもしれない。けれどもそこから出てしまって、この茫洋と広い地上で、僕たちはしっかりと自分を保てるのか。
 この乾いた空気の中で僕らを守る殻のようなものが、地上にはない。この世界で小さな僕たちが自らを確立して、自分を信じていけるのだろうかと。
 だけれど僕のその不安はまだ誰にも話していない。報告書と平行して残している、この私的なメモに記しておくだけだ。

 そう、個性の獲得。その変化は誰よりも先んじてピースケに訪れた。
 浜を後にして三度目の夜、休息場所に防寒シートを敷いて寝床を作り、身を落ち着けてしばらく後、ピースケが疑問を口にした。
「地面に木漏れ日が差してる。夜なのに」
「月影だよ」
 テトラが答える。
 シートの上に座って毛布を体に巻きつけながら、ピースケは薄暗い地面の上にひっそりと、けれども確かに影を落とす木の葉の形を不思議そうに見つめていた。それから首をもたげて見上げる。影を作る光の降ってくるその方向を。
「空が明るい」
「上弦の月だな」
 月は僕にはまだ見えない。浜のテントで過ごす夜は灯りを絞ったランタンを絶やさないし、夜空の明るさを意識したことはまだなかった。
 ピースケはその後はもう何も言わず、静かに横になっていた。

 その翌日も好天で日の光が明るくて、それを透かす木の葉の緑が美しかった。けれど僕には相変わらず、少し離れた前も後ろも木々の枝が折り重なって見通せない。
 僕にとっては変化の分からない木立の中の道で、ピースケが突然ぴたりと歩みを止めた。
 彼はどこか分からない中空へ真っ直ぐに視線を向け、呆然と立ち尽くしている。
 仲間の異変を見て取り、とらがうろたえて手を差し伸べる。
「ど、どうしたの?」
「う、わ、あ……」
 ピースケは答えず、うめき声を漏らす。
「何ですか、これ、未来予知?!」
 先頭を行っていたテトラが振り返り、駆け戻ってくる。そしてピースケの視線を辿って頭を振り向け、同じ方向を見て問いかけた。
「岩棚の町が見えてるのか?」
「空、の、青い色、の下に、白い地面が、あれは崖? 光ってる平らな、あれ、が、町? 小さいの」
 言葉を確かめるように短く区切りながら震えるピースケの声にテトラが丁寧に答える。
「見えてるんだな、そうだ。あれが岩棚の町だよ」
「あんな、小さい」
「遠くにあるものは小さく見えるだろう?」
 ピースケは一瞬息を呑み、それから急に澱みなく喋り始めた。
「遠くにあるのにあんなに遠くにあるものが分かる。遠くにあるんだってことが分かる。あんなに遠くにあるのにここからそれが見える! これからまだずっと歩かないと近づけないのに、あれがそこにあるのがはっきり見える!」
 未来が見えてるんだ、とピースケは怖ろしそうに呻き、勢いよく身を翻して今度は道のりの後ろを眺め渡した。
「いつの間にこんな……こんな高くに上ってきてる! 海が下に見える。うんと下に、僕らがいた海が。ずっと遠くまで青い色が濃いのと薄いのと、海と空との境目があんなにはっきり!」
 そう叫び終わるとピースケはその場にへたり込んだ。テトラが咄嗟に支えたが、腰が抜けたようになって立てずにいる。
「テトラさん、目が回る。気持ち悪い」
「ああ、分かった。楽にしてろ」
 テトラは鉤爪のある手を軽く丸め、手の甲をそっとピースケの首筋に当てた。
 そのまましばらくじっとしてから「大丈夫だ、熱もないし、脈も正常」
 僕ととらは目を見交わした。僕らは背負った荷物の中に体温計や頭痛腹痛に対処する常備薬の類を持ってきてはいる。が、仲間の急変に戸惑うばかりで何もできず、その間にテトラは手際よくピースケの状態を判断していく。
「だがお前さん、今すぐには歩けそうにないな。いきなりいろんな物が見えすぎて、頭がパンクしそうなんだろう。しばらく目を瞑っていたほうがいい」
 思い返してみればピースケは浜に上がった当初、環境の急な変化に対応しきれずにしばらく寝込んでいた。おそらく今またあの時と同じような状態になっているのだ。
 テトラが頭の羽毛をわさわさと掻きながら言う。
「さて、どうするかな。このまま登れば、日暮れ前には岩棚の上に着く。ここで休むよりは進んだほうがいいと俺は思うんだが」
「ピースケ、大丈夫?」
 とらが心配でたまらないようすで尋ねる。
「うん、ごめん。きっと頑張れば歩けるから、先へ進もう」
「無理しなくていい。俺におぶされ」
 テトラは地面に膝をつき、ピースケに背を向けて示した。
 僕ととらとでピースケの体を彼の背に引っ張り上げた。ピースケは脱力しきってまるで重病人のようだ。
「すみません……」
「心配するな。運んでやるさ」
 小さな僕らの仲間を背負ってテトラは軽々と立ち上がる。ピースケは目を閉じてぐったりとテトラの背に身を預け、黒い羽毛に半ば顔を埋ずめた。
 とらは気遣わしげに二人を目で追っている。僕は気弱な友の肩に軽く手を触れた。
「大丈夫だよ。行こう」
 とらの身に同じことが起こっていないので、少なくともこれは不運な出来事ではないのだ。判断基準としてはあんまりだけれど、ほかに考えるよすががない。
 僕らはほんの少し早足になって、テトラの後を追う。


続く

お久しぶりです! 9ヶ月ぶりくらいでしょうか? 「泣くな、はらちゃん」というドラマを見ていたらオリジナルを書かなきゃいけない気持ちになったのかもしれません。もはやこのお話が面白いかどうかとか、そういったことは考えないことにします。自分のために書いてみる。ここが私の居心地のいい場所であることだけは間違いありません。
磯魚(いそうお、いさなとも読みます)

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コメント

うわぁ。ちゃりさん、久々のうたかたありがとう♫
毎度思うことだけど、やっぱり映像で見たいよぉ!! 使われていなかった感覚が目覚め始め、 新しい世界に触れる度、慄きながらもいろんな事を吸収して行く彼らのこれからが楽しみ!!
もちろん崖の街の人々の未来も!!

ゆっくりでもいいのでこれからも納得行くよう書いてね!! 待ってまーす♪

でもごめーん。今回一番萌えたのもやっぱりテトラさんだった。羽毛わさわさ頭掻く姿にやられた(≧∇≦)

投稿: mai | 2013年3月11日 (月) 18時06分

maiさん、こちらこそいつもありがとうです~!! こんなに時間が空いちゃってすみませんでした。読んでもらえて嬉しいです。励ましもありがとう!! 書き始めるまで心配だったのですが、間が空いた割にはすんなりこの話に戻ることができて、二次のほうでの活動も意外と糧になってるのかなあと思います。話はテトラのおかげで進んでいるようで、やっぱり出てくるべき人物だったのかな~という気もしてきました。これからもどうぞよろしくお願いします~!! オリジナルも二次も頑張る!

投稿: chali | 2013年3月14日 (木) 00時25分

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