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べっこう飴でつかまえて  ~うたかた@ちゃり

 斜めに崖にめり込んだ街の電力が復帰して扉が開き、外との出入りが自由になると、人々は占いマシーン「テルミ」に対する興味を失った。だからそのモニタールームは今はほぼスミ専用になっている。
 鳥たちの声を人の言葉に変えてくれるシステム「テルミ」。人々に顧みられなくなった今でも画面にぽつりぽつりと言葉を映し続けている。それがどれほど正しいものかは分からないが。
 街はいま新年の祝いの真っ最中、一週間続くそのお祭に誰もが浮かれて楽しんでいる。
 スミは祭の街を飾るための大小さまざまな祝賀の絵を全力で描き上げ、期限を守って納品するなり寝床に倒れこんで貪るように眠った。だから目が覚めても暫くは気力のエンジンがかからずに、祭の賑わいからもなんとなく身を遠ざけて、テルミの部屋に一人でいた。
 誰はばからず大あくびをしながら、古くさい大きなモニターに映し出される愛想のない文字を眺める。
 
<おかえり> <ひさしぶり>
<旅> <カラス>
<岩棚> <お客さん>
<小さい人> <カラス> <お元気ですか>
 
「んー?」
 スミは目を眇めて画面の文字を追い、首をひねって呻いた。
「あいつ、帰ってきたの? 今まで何をやってたのよ、まったく!」
 モニター前から立ち、足を速めて廊下に出ようとした戸口で小学生くらいの背丈の人影に出くわし、ぶつかりそうになった。
「あっ、ごめんね。大丈夫?」
 スミの呼びかけに少年らしき人物はよほど驚いたらしく身を縮め、顔を隠すように俯いて小さく詫びの言葉を口にした。
「ごめんくださいませ」
「はあ?」
 聞きなれない言い回しにぽかんとするうちに、彼はそそくさと広場の方へ去って行く。
 立ちつくして見送るスミは一人ごちる。
「何あれ……? ごめんください?」
 その人は作業着風の地味な上着を着ていた。今の時期は誰もが競うように華やかな晴れ着を身にまとっているというのに。とはいえスミ自身もくたびれた普段着を適当に着ているのだが。
 あの服の地味さには見覚えがあるなあと、スミは考え込んだ。
 けれど何よりも今は、テルミが吐きだした鳥の言葉だ。もし、あのカラスが帰ってくるのならどうにか捉まえたい。
 手伝いを頼める人物を探しにスミも広場へ向かった。心当ての彼は、現状引き籠っているスミのためにお祭り屋台の食べ物を見つくろっているはずだ。
 せっかくのお祭りなのにね。シイにはいつも世話になっているが今度もまた面倒をかけることになるなあとスミは思う。だが、シイは私の世話を焼くのが嬉しいのだ、ということもスミは知っている。
 はたして、広場の方からその人が両手に食べ物のパックをたくさん持って、廊下をこちらへやってきた。スミを認めて笑顔になる。
「やあスミさん、待ちきれなくて出てきたの? 広場へ行ってお祭りを見物するかい?」
「うん、まあそれもいいわね。ねえ、食べたらちょっと上へ出たいんだけどお願いしていい?」
 シイは拒否しないとスミには分かっている。
「いいとも」
 二人で広場の賑わいの方へ歩きだした。
 街の人たちがすれ違いざま、スミの描いた祝賀の絵を褒めてくれる。
「新年おめでとう! 素敵な絵ね」
「おめでとう! ありがとう!」
「気持ちが明るくなるね」
「そう言ってもらえると嬉しいわ!」
 挨拶を返しながらベンチに空きを見つけて座る。膝の上にシイが買っておいてくれた屋台っぽい食べ物を広げる。焼きそばや鈴カステラ等々。頬張りながら喋る。
「ねえ、テルミがね、さっき言ってたんだ。旅のカラスが帰ってくるんだって。ねえ、こんな時期外れに帰ってくるカラスなんてあいつしかいないと思うの」
 シイの表情からお祭りの雰囲気が若干削げた。スミは構わず続ける。
「もしそのカラスがテトラだったら、どうしても会いたいのよね。だから上で、通りかかった鳥に呼んでくれるように頼もうと思って」
「そうか……。彼に会いたいんだね。分かった。じゃあこれを食べたら画材を持って上がろう」
 スミは横目でシイの様子を窺う。
「うん、お願い。でね、テルミが言うにはどうやら彼、子連れみたいなんだ」
「!?」
 一瞬シイが口の中のお好み焼きを噴き出しそうになって堪えたのをスミは見逃さなかった。
「そういう訳だから、よろしくね!」
 スミはにんまりと笑った。
 あとは他愛無い話をしながら、食べ物を腹に納めていく。広場を行き交う人々の風情を眺め、スミはその一隅に先ほどと同じ地味な色合いを見つけた。
「あ、さっきの子かな」
「え、誰だい?」
「さっき廊下で見かけたの。珍しい服よね」
 その人物は人波の間から屋台の一つ一つを遠慮がちに、しかし興味深そうに覗きこんでは何も買わず、名残惜しそうに次の屋台に移っていく。
「なんか挙動もこれでもかっていうくらい地味ねえ。地味すぎて逆に目立ってる感じ」
「あの子はお腹を空かせてるんだろうか。クーポン持ってないのかな」
 その人がしょんぼりと寂しげな背中をこちらに向けたとき、そこにスミはまさに自分が描いた花柄を見た。
「あー!」
 鈴カステラの残りをシイに押し付けて立ち上がる。
「君ちょっと待って!」
 声に振り返った人物は戸惑ったようにその場に立ち竦んだ。シイがスミの横を追い抜き、素早く回り込んで彼の肩に手を置く。
「ぎゃー!!」
 途端に彼が大きな悲鳴を上げたので居合わせた皆が振り返る。しかしそれもすぐに雑踏に紛れ、誰もがそれぞれの目当てへ戻っていく。
 怯えたように突っ立っている地味服の人物と、その肩に手を置いたままのシイ、追いついてきたスミが広場の人の流れの中に取り残されている。
 地味な人は震え声で訴えてくる。
「な、なにとぞご勘弁を……、悪事を働く所存など塵ほどもなく、立ち並ぶものことごとく珍しく我ひたすら驚くばかりにて、ただ眺めておりましてございますぅ……」
「え……、えーと……?」
 スミは言葉遣いに面食らいつつ、とりあえず優しい声で話しかけてみる。
「ねえ、怖がらないで。私たち怒ってるんじゃないの。びっくりしてるのよ。その服の花の絵、私が描いたの」
 彼を促してベンチに戻った。スミとシイとで挟んで座る。なんだか強制連行じみた風情になった。
「ね、あなた、浜辺にいる人でしょう? どこの街からどうやって来たの? いつから、どうしてここにいるの? 他のみんなも一緒なの?」
 知りたいことをつい一気に問いかけてしまって、相手はフリーズしている。しくじった、とスミはその人の顔をちゃんと見てまた驚く。子供かと思っていたが顔立ちは青年めいている。ただ体全体のサイズが小さいので子供のように見えていたのだった。
「あら……、子供っぽい柄を描いちゃってごめんね」
「えっ、滅相もございません」
 やっと返事はしてくれたが、とにかく緊張しまくっている様子なので、スミはシイから鈴カステラの袋を取り返して青年に勧めた。彼は恐る恐るといった態で顔を寄せ、「なんとかぐわしい」と言った。
「いいから食べなよ」
 些かじれったいと思った表情を読まれたか、彼は焦った手つきでカステラを頬張り、すぐに喉につかえさせて咳き込んだ。「美味しゅうございます」涙目でそう言う。シイが買ってあったサイダーを差し出すと、勧められるまま飲んでまた咽る。
「なんか……虐めてないからね!?」
 慌てるスミに青年は儚げな頬笑みを向けた。
「どうぞお気になさらず。これがわたくしのさだめなのでございます」
 シイの表情が引きつり気味だ。
「な、名前を聞、お伺いしてよろしいですか」
「とらと申します」
 名乗って幾分落ち着いたのか、彼は一息ついて逆に問い返してきた。言葉づかいが仰々しくてまどろっこしいのでスミは脳内で翻訳することにする。脳内翻訳では彼はこう尋ねている。
「この服の絵を描いたのはあなただったんですね。では、あなたがスミさんですね?」
「そうよ。どうして名前が分かったの?」
「テトラさんに聞いたんです。僕らはテトラさんの案内でここまで来ました。あなたを訪ねて来たんです」
 スミは大きく息を吸い込んだ。
「テトラ! やっぱり一緒なのね!? 彼、今どこにいるの?」
「あの人は街の外にいます。自分は街には入れないって言ってるんです。昔、あなたにとても悪いことをしたからって言って、それをとても気にしています。合わせる顔がないって」
「あいつまだそんなこと言ってんの、まったく! やっぱり会って話さないとだめね」
 そこでスミはとらに向きなおって尋ねた。
「あなたたちはどうやって彼とコミュニケーションを取ってるの? 私は絵を使うけど」
「翻訳機械があるんです。テトラさんが遠くの街で手に入れてきたそうです」
 シイもスミも驚いて顔を見合わせた。
「へえ、それはすごい」
「そんな機械ができてるのね! テルミの進化系かしら? 鳥と言葉が通じるなんてすごい。会いたいわ」
「でも、あの、そう言えば、『俺が来てることは内緒にしといてくれ』って言われてました、僕」
「えっ?」
 スミは改めてこの見慣れない隣人をじっくり見つめる。
「それ、もう無効だから」
 とらも丸っこい目を瞬いて見つめ返してくる。
「ですよね……。僕らも、テトラさんはあなた方に会った方がいいと思ってました。そのほうがいいですよね?」
 というわけで合意が形成された。とらの言うには街の上の台地にもう一人の仲間が待っており、そのそばにテトラが付き添っている。ともに来るはずだったのだが途中で具合を悪くして、静かな場所で休んでいるそうだ。
「でも一緒に街へ入った仲間がもう一人いて、この人混みではぐれてしまったので、まず彼を探さないと」
 そう言いながらとらは悠長に腰掛けたまま、サイダーを美味しそうに飲んでいる。そのうちに当の本人が人波の向こうから、とらを見つけてベンチに駆け寄ってきた。
「とら! お探し申しておりましたのに、さように安閑としているとは何としたことか!」
 こっちも脳内翻訳が必要だ。スミは伏目になって考えた。どうやらこの人たちの会話ぶりはこれが通常であるらしい。
「何を食べてるの? 美味しそうだね」
 とらとそれほど体格の変わらない、やはり地味な砂色の作業着姿の青年はとらの手元を覗きこむ。そういう彼も片手に綿菓子、もう片手にべっ甲飴を持っている。
 交換交換、と二人は手にしたものを受け渡し、さっそくかぶりつく。美味しい! と感激しあっているところにシイが声をかけた。
「えーと、こんにちは」
「ぎゃあ!」
 新たに加わった青年にも悲鳴を上げられた。スミとシイはまたも目を見交わす。この人たちはどうも真正面のもの以外、周囲があまり見えていないような気がする。
「いちいち面白いわ」
 互いにざっといきさつを話し、名を教えあった。
 合流した青年はエーサクといい、祭の喧騒にまぎれてとらと二人で街に入ってまもなく、前を行く人が何かのカードを落としたのに気づいた。拾って手渡すととても感謝され、屋台で使えるクーポン券をもらったそうだ。
「綿菓子ってすごいですね! 甘くてふかふかで、齧るとさりっと溶けて、とても美味しいです!」
 それからもじもじと「梅干しもないかなって思って探したんですけど、ないでしょうか」と尋ねた。
「果物の類はちょっと貴重なのよ。滅多に出てこないわ」
 果物が出回るのは隊商が来た直後、しかも干したものだけだ。逆に街なかの菜園で作られるトマトやイチゴは珍しくないので、お祭りの屋台には登場しない。おでんの大根くらいならあるかもしれないが。
「って、今はここの食べ歩きは置いといて、上へ出ようよ。お友達のピースケ君も待ってるんでしょう?」
 彼は体調を崩しているというし、早く行ってあげたほうがいいだろう。
 四人は祭りの輪から離れて街を抜け、崖に張り出したテラスに出た。そこから斜面に張り付くように造られた階段を上って行く。
 スミはシイの肩に掴まって階段を上る。二人の新参者はスミの足取りを見て自然に歩調を合わせた。
「平らな場所なら大丈夫なんだけど、階段はバランス崩すと危ないから用心してるの。あなたたちは先に行ってもいいわよ。そうね、テトラを捉まえててくれると助かるわ」
 スミがそう言うと小柄な二人は顔を見交わし、とらが早足になって先を急いだ。手にはお土産の紙袋をしっかり掴んでいる。中身はべっ甲飴と鈴カステラの残りだ。
 スミたちは遅れて階段を登り切り、先導するエーサクに続いて畑を回り込んでいく。
 畑のはずれ、まばらに生えた木のうち一本の根元に大小の人影が腰掛け、その横の地面にもう一人が横たわっているのが見えた。大きいほうの人物は天気もいいのになぜか雨避けのケープを纏っている。
 ケープを着た人がスミたちに気づき、慌てた様子で立ち上がると小さいほうの人影が咄嗟にその足元に縋りついて引き留め、二人ともその場に倒れた。
 スミは思わず声を張り上げた。
「逃げるな!」
 精一杯の速度で歩み寄る。身を起こしたカラスは目を逸らし、青空の下、フードで顔をすっぽりと覆って俯いた。
「テトラ、あなたテトラでしょう。私スミよ。昔あなたと……」
「人違いでござる! 拙者通りすがりの者故これにて御免つかまつる!」
「なにそれ、ふざけてんの!?」
 立ち止まるスミの足先はほぼテトラを射程圏内に捉えている。
「スミさん、無茶はいけないよ」
 案じるシイを一喝した。「蹴らないわよ! 何すると思ってるの」
 全力で歩いてきたスミは息を切らしながら言う。
「やっと会えた。テトラ、ずっと会いたかったのよ。なんで逃げ隠れするの! 私たち、一度は友達だったでしょう」
 ケープは彼にはだいぶサイズが小さくて、裾からはみ出した羽毛が風に揺れている。
 顔を背けるテトラの目を追うように彼女は覗き込む。
「こっち向いてよ! 私をちゃんと見て!」
「せ……拙者も会いとうござった。されどそなたの行く末を曲げてしもうたやもしれぬと思えば会うに忍びず……」
 身振りと言葉で話しているのはテトラだが、おかしな音声は彼の腰にくっついた機械から流れ出してくる。スミは片手を額に当て天を仰ぐ。
「力抜ける! その言葉づかい何なの、もう」
「す、すまぬ」
 スミはため息をつく。
「翻訳機械ってそれか……。まあそんなんでも、話ができるなら嬉しいわ」
「会って詫びねばならぬと思うておった……、いずこに身を置きても、いかなるときも」
「もういい!」
 スミは体ごとぶつけるように思いきりテトラに抱きついた。フードを引き下ろして羽毛に手を、顔をうずめて掻き抱く。
「ずっと会いたかった。詫びだのなんだの、言葉なんてほんとはどうでもいいのよ」
 テトラは殆ど息すら止めて固まっている。スミは構わずにぎゅうぎゅうと抱きしめる。
「これで充分だわ。テトラ、会えて嬉しい」
 
 小柄な人たちは三人そろってきゃわきゃわと、街から持ち出してきたお土産を開いて喜んでいる。
 エーサクがそっと運んできたつもりのサイダーのキャップを開けると、ぶわあっと泡が空に舞った。そして甘いシャワーがキラキラと皆に降りそそいだ。
 まだ少し目眩の残っているピースケのために、一団はもうしばらく木の下で休んでいることにした。
 テトラとスミは積もる話が尽きず、それをシイも頬笑みながら聞いている。少し寂しげな様子に気づいたピースケが声をかけた。
「シイさん、ご気分がすぐれないんですか?」
 シイはほんの一瞬たじろいだ。が、苦笑して、ピースケにだけ聞こえるように小声で答える。
「二人があんまり仲が良くて、まるで恋人のようで、ちょっと」
 目を丸くするピースケに告白した。
「はは、嫉妬かな。みっともないですね。知ってたのにな。スミさんが彼のことを忘れてなくて、ずっと好きだったってこと」
 シイは穏やかなまなざしを遠くに投げている。
「私が立ち入る余地なんてないって、分かっていました」
「そこ! 一人で話すすめないで!」
 スミがいつの間にかそばに忍んで来ており、背後からシイの肩に両手を、肩に顎を乗せて横からねめつける。
「ス、スミさん!?」
「私だって分かってたわ、ずっと私と一緒にいてくれたのはシイだってこと。いつも私を守ってくれてたってこと。私、ちゃんと分かってたと思う」
 目を白黒させるシイの顔のすぐ近くでスミはわざと意地悪な声を出す。
「信用ないのね、私。こっちも言葉で言わないとダメなのかなぁ」
「えっ、いや、あの、えっ!?」
「ぎゃあー!」
 とらが悲鳴を上げた。
「飴が! 溶けて全部くっついちゃった!」
 ずっと大事に持っていたため、温まって表面が柔らかくなった金色の飴に鈴カステラと紙袋の切れっ端とが貼りついて、みごとにひとつになっていた。


お久しぶりです。今度は5カ月ぶりでした(汗)
今回はわりと軽い感じのお話になったかな? 思うに、いつもはエーサクがまじめすぎていけないんだと思います。
テトラととらたちの言葉遣いについて、蛇足ながら書いておきますと、あれはスミたちの言葉を現代語と仮定した場合に、スミたちの感覚ではあのような印象になるという意味で書いています。
そういうわけで、正しい古文調ではありません。
逆にとらたちの感覚で言うと、スミたちの言葉はとてもぶしつけで愛想のないふうに聞こえていると思います。

 

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