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ざしきわらし  ~うたかた@ちゃり

 第三次調査隊には鬼っ子が一人いるという噂だ。
 その人は海から出たくて仕方がなかったらしく、上陸するなり駆け出して森へ姿をくらましたそうだ。

 ここ十数年ばかり、岩棚の町には座敷童の目撃譚が複数みられる。
 技術者たちの工房にいつの間にか入り込んでいて仕事を手伝ったり、図書室の通路を子供がうろうろしているかと思えば大人の顔をしていて、難しい本を読みふけっていたり、食堂で珍しげに漬物を齧っていたり。
 外の畑では誰も植えた覚えのない作物がどっさり豊作になったりした。
 そういった怪奇現象をたびたび目にするようになっても、街の人たちは座敷童を追い立てようとはしなかった。寛容だったのではなく、無視していた。個々人の生活に直接の害を与えないものに関心を払おうとしなかった。
 そんな年月の間、街の内と外の境界は少しずつあいまいになっていった。
 崖の中途に嵌った街の傾きも年を経るごとに少しずつ嵩み、床の水平も調整が追いつかなくなる。住人達は三々五々街の外へ出ていき、崖の上の地面に暮らすようになった。いずれは街全体が崖から滑り落ちてしまうのかもしれず、遅かれ早かれ住み続けることのできない場所ではあった。

「座敷童が住む家は栄えるっていう話のはずだけど、寂しいことになっちゃったねえ」
 森の木々に紛れるような小屋の前庭で、丁寧に洗ったキャベツの葉にシオが塩をまぶしながら言った。
「その座敷童の正体がオレたちなんだもの、推して知るべしってとこだね。ましてやいちばん入り浸ってるのがとらだし」
 朝漬けたきゅうりをポリポリとつまみ食いしながらエーサクが答える。
 とらは岩棚の町のお掃除ロボット・ミネルバに惚れ込んで街の図書室の資料を読み漁り、今は人けのなくなった修理工房に潜り込み独学で機械技術を身に付けつつある。運が悪いのは相変わらずで、機械の修理中に感電したり、研究に熱中するあまり食べ物が傷んでいるのに気づかず中ったりと忙しくしている。
「それはそうと、ロンはこの頃ずいぶん朝寝じゃないか」
「夜遅くまで星を見てスケッチしているからねえ。方角がだいぶ分かるようになってきたと言ってたよ」
 シオもきゅうりを齧って満足そうに微笑んだ。
「彼、次あたり隊商に加わりたいと思ってるみたいだね」
「へえ。次というとピースケたちとは入れ替わりになるけど」
 ピースケは今テトラたちと共に行商の旅をしていて、秋に帰ってくる予定だ。
 うたかたから最初に上陸した七人は鳥たちの協力を得つつ森の中に家を建て、地上暮らしにもすっかり馴染んだ。
 通信の中継基地局として使っていた小型艇をうたかたへ返してしまってからは故郷との連絡も途絶えている。その後第二次、第三次と調査隊がやってきたことなどは、鳥たちの情報網から知った話だ。
「僕たち捨てられたのかなあ」
 故郷から音沙汰がなくなってしばらくはそんなふうに言う者もあったが、
「向こうでもそう思ってるかもな」
 と笑う佐吉のひとことでその話題は終わった。
 座敷童を放置した岩棚の町にしても、自身の日常を暮らしていくだけで手いっぱいなのだ。海から来た人たちは誰もそれを分かっているので、故郷にも岩棚の町にも何かを期待することはなかった。

 もつれた髪を後ろで大雑把に束ねた娘が、岩棚の町のテラスに面した扉口にぽかんと突っ立って何かを眺めている。
 目線はテラスの先。そこで黒っぽい小さな人影がもそもそと何かの作業に打ち込んでいる。周囲には雑に丸めた大きな布の塊や金属パイプ、束ねた大量の紐のようなものが積まれている。
 黒っぽい色合いは羽根ではなく服で、体は小さいが、周囲の道具に手を伸ばす時に見える横顔は大人のものだ。
 娘は目を見開いて呟いた。
「座敷童だあ」
 それから人影の元へてくてくと歩いて行き、「ねえ、何してるの?」と尋ねた。
 座敷童はぴたりと手を止め振り向いた。二人はしばし無言で見つめあう。が、小さな青年は何も答えずにまた作業を再開する。
「ねえ、ねえってば」
 娘は癖っ毛をふよふよと揺らして青年の横にしゃがんだ。並ぶと二人の体の大きさが倍ほども違うことが明らかだ。大きな娘は、青年の作業にいそしむ手元を覗き込んでまたしばらく眺めたのち、
「何か手伝う?」と言った。
 青年は、刈り込んだ髪がそのまま伸びた、葱の花のような頭をもたげ、怪訝そうに娘を見返す。
「あんた、この街の人だろう? 手伝ってくれるのか?」
 娘は嬉しそうに笑み崩れる。
「うん、いいよ! あたしカグラっていうの。座敷童はなんて名前?」
「ぼくは座敷童じゃない。天地(あめつち)だ」
「あめっち。何を手伝えばいい?」
 微妙に違う名前で呼ばれた青年は、今度はまじまじと娘を見据える。
「もう一度言うけど、ぼくは座敷童じゃないし、見ての通りよそ者だ。だけど挨拶もなしで街に入り込んで、資材を勝手に持ち出して使ってる。泥棒だよ。通報しないのかい?」
「つうほう?」
 首を傾げる娘のようすを見てとり、青年は少し話し方を変えた。
「警察官とか、警備員みたいな人に、怪しい奴がいるって言いつけないかってこと」
「しないよー。もう誰もいないもん」
 カグラは膝を抱え込み口をとがらせる。
「先生も、お父さんもお母さんもいなくなっちゃった。友達も」
「……ふーん」
「ねえ、だからお友達になってよ、あめっち」
 からりと笑うカグラに少したじろぎながら青年は頷く。
「……わかった」
「やった!」

 あめっちの指示通りに金属管の束を苦労してテラスまで運んできたカグラは荷物とともにその場にへたり込んだ。
「重いよー」
 物を運ぶのは体の大きいカグラがやったほうが効率がいい。倉庫の高い場所にも手が届く。そう言うあめっちの言葉をもっともだと思い運搬を引き受けたが、カグラの体力はごく普通の娘レベルだし、力仕事に慣れているわけでもない。
「疲れたー。お腹すいた!」
 布を針と糸で丈夫に縫い合わせていたあめっちはそれらを床に置いて伸びをした。
「今日はここまでにするか」
 日は傾いて崖の端にかかり、テラスに影が差してきていた。床面の傾きで道具が転がり落ちないよう、ひとまとめにして防水布で包んでおく。
「ごはんー、ごはん食べに行こ!」
 二人連れ立って傾斜のある廊下を食糧庫へ向かう。その間も街の人間に出会うことはなかった。
「街の人は、みんなどこへ行ったんだろうな」
「崖の上に家を建てるって言ってたよ」
 カグラが棚から堅パンの箱を取ってあめっちに渡す。
「カグラは行かないのか?」
「お母さんがね、あなたももう大人なんだから、一人でも大丈夫でしょうって」
 あめっちは堅パンを箱から取り出し、齧って眉根を寄せる。
「へえ。あんた、歳は幾つなの」
「えーとね、幾つだろう? 大人だよ」
「味気ないな」
 水のペットボトルを呷るあめっちにカグラが言う。
「サラダも食べようよ。パンと水だけじゃつまんない」
「野菜あるのか?」
 カグラの案内で、両手にパンの箱と水を持って今度は水耕栽培の自動プラントへ移動した。整然と並ぶ白い棚にレタスのような葉物とイチゴが育っている。硬質な印象の部屋で野菜が青々と実る不思議な風景だった。
 棚から摘み取ってそのまま食べる。
「うーん、塩けが足りない」
「はい、塩。あとピクルスもあるよ」
 カグラが得意げにタッパーを差し出す。
「いつもここで食べるから、食堂から持ってきてるんだ」
「おお、願ったり叶ったりだな」
 あめっちの言葉にカグラがまた首を傾げる。
「踏んだり蹴ったり?」
「行ったり来たり」
「わかんない!」
 腹が満ち足りるとカグラは尋ねた。
「ねえ、あめっちはいま何を作ってるの?」
「凧だよ。大きな凧で空を飛ぶんだ」
「空を飛ぶの!?」
 カグラが歓声を上げる。
「あめっち、すごい!」
 そう言われてあめっちは口の端を少し曲げて笑った。が、カグラはすぐに顔を曇らせる。
「でもあたしは荷物運ぶのたいへーん。重たいし」
「空を飛ぶんだから、丈夫なものを作らないといけない」
「ねえ、違うものじゃだめなの? おんなじような棒があるよ。お祭りのときに屋台とか作るの。あれなら軽くて楽だと思う」
 カグラはあめっちの手を取って引き、祭り用の資材倉庫へ連れて行った。
「これだよ。どう?」
「へえ、これは良さそうだ」
 軽くて丈夫な資材を手にしてあめっちは矯めつ眇めつ眺める。
「願ってもないよ。これがあればあのパイプは要らないな」
「えっ」
 カグラは微妙な表情をした。自分の提案が受け入れられて嬉しい反面。
「いらないの? せっかく重たいの運んだのに」
「要らない」
「ええー」
 不服そうに頬を膨らませた。

 そんなこんなであめっちの凧は何とか形になり、試験飛行をしようという段になった。
 三角形に近い帆のような巨大な凧を広げてテラスに立っていると、体の小さなあめっちはそのまま風に連れて行かれそうに見えた。カグラは凧の布地と骨をしっかりと掴んでいる。
 あめっちは凧の重心に自分の体を吊るすハーネスや、各部位をつなぐワイヤーの具合を念入りに確かめている。
「カグラ、もう手を離していいよ」
「ここから飛ぶの?」
 カグラの巻き毛をくるくると風が揺らしている。
「助走をつけて、テラスの端から飛び立つんだ。ここは本当におあつらえ向きだよ」
 カグラは急に不安そうな顔つきをした。
「危なくない? ここ、すごく高いんだよ。端から下を見ると目が回っちゃうよ」
「下は見ないで、ただ飛ぶんだ」
「ねえ、やっぱりやめようよ」
「カグラ、手を離して。掴んでいたら却って危ない」
 言われて素直に手を離すが、カグラはなお大きな声を張り上げる。
「行かないでよ。行っちゃって帰ってきた人いないんだよ」
 あめっちは振り向き、まっすぐにカグラの目を見た。
「ぼくはずいぶん昔から、飛ぶことしか考えてない。そのためだけに海の底からここへ来たんだ」
「いやだよ! あめっちはいなくならないで!」
 懇願は何の力も持たず、あめっちは思い切りよくテラスを駆け出し、床面の縁を蹴って空へ身を投げた。

 星空観察から戻ってきたロンが大きな欠伸をしながら食卓の椅子に腰かけた。スケッチ帳を脇に置いて、小皿からきゅうりの漬物をつまむ。
「うん、おいしいです」
 無精ひげがワイルドなようすになっているが口調は穏やかだ。朝食の支度をしている半蔵に問いかける。
「第三次調査隊の、噂の鬼っ子、空を飛んだそうですね」
「ああ、即席のハングライダーでね。海から出てきて間もないのに大したものだよ。飛びに飛んで、それで海に落ちて大けがをしたらしい」
 苦笑交じりの半蔵の口ぶりにロンも一息つく。席から立ってスープの椀を食卓に並べる。
「大丈夫だったんですか」
「命には別状ないようだよ。佐吉が岩棚の町の医者たちと一緒に治療に当たってる」
 半蔵は鍋の蓋を木のお玉でカンカンと叩いた。
「みんなー! ごはんだよ!」
 手作りの割烹着姿が実にさまになっている。絵に描いたような朝の台詞を放ってから半蔵は話を続けた。
「鬼っ子がグライダーを作るのを、岩棚の町の女の子が手伝っていたそうなんだよ」
 ロンは驚いて目を丸くする。
「えっ、岩棚の町の?」
「そう。鬼っ子が飛んだ時ちょうど、とらがあそこの図書室に行っていて、女の子が泣きじゃくっている声を聞いてテラスに行ってみたんだと。宥めてもすかしても泣きやまなくて難儀したそうだよ。しかたがないから崖の上に連れて行って、トレスさんとこに預けてきたってことだ」
「へえ……。トレスさんてあの人ですよね、カラスの。酒好きの」
「そう。これはなかなかいい話だと思うね」
 話している間にエーサクとシオもやってきて食卓に着いた。
「いただきまーす」
「それにしても第三次はまた個性的なのが来てるねえ」
「ひょっとして調査が目的じゃなく、島流しなんじゃないの」
「まさか!」

 カグラがカラスの子供たちと庭で色つき石を弾いて遊んでいるところへ、包帯ぐるぐる巻きの男が松葉杖を突いて歩いてきた。片腕を三角巾で胸の前に吊り、顔にも大きな絆創膏を貼り付けて目だけ出ている。
 気づいたカグラは驚いて立ち上がり駆け寄った。
「うわあ、すごい怪我だね! 大丈夫?」
 小柄な男は何と答えて良いか分からずに黙っていた。
「どうしたの? 痛いの?」
「痛くない。いや、少し痛いけど、大丈夫だよ」
「うわ!」
 声を聞いてそれが誰だか分かったらしい。カグラは目を見開き、両手はぎゅっと握ってその場でぴょんと飛び跳ねた。
「あめっち! あれっ、久しぶりだね! どこ行ってたの?」
 嬉しさが弾けるようなカグラの笑顔に気圧され、あめっちはただ与えられる言葉に応えた。
「特に、どこってことはないな」
「おかえり!」
「ただいま」
 
 
 
 
 
 

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