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テルミの旅  ~うたかた@ちゃり

 私は鳥話と人語を相互に翻訳し、人間の子供が鳥たちの庇護を受けられるよう仲介します。そのようにして人間の子供を保護するために作られた機械です。
 私は本来子守のために作られた機械ですから、人の気分の良、不良はある程度わかります。そのせいか、今までに私を好きだと言ってくれる人が何人かいました。
 ですが私は好きと嫌いを理解する事ができないので、相手の気持ちを汲んで行動に反映させることができません。ですから私と長く一緒にいても、遠からず失望することになるでしょう。
 
「いやあびっくりした。まじ驚いた。水の中に目を開けたまま沈んでるんだもの」
「助けていただいて、ありがとうございます」
 私は川を渡ろうとしていたのですが、折からの雨で水かさが増した川の流れに足を取られ、仰向けに倒れて石の間に挟まっていました。
「大丈夫なの? 寒くない?」
「私は機械ですから大丈夫です。でもあなたは人間ですから服を乾かさなければ体に良くありません」
 私を水の中から引き揚げてくれた女性は全身ずぶ濡れになっていました。
「そうだね、火を焚いて一緒にあたろう」
 女性は川縁に置かれたバックパックを開けて中を探っています。その荷物から推測するに、一人で徒歩の旅をしている最中のようです。
「あなたがもし毛布のようなものを持っていれば、宜しければ濡れた服を脱いで私と一緒にくるまって下さい。私は機体表面の温度を2℃ほど上げることができます。天候、時刻から予測すれば、服は木の枝に掛けておけば三時間ほどで乾くと思います」
「ふうん、便利だね。じゃそうさせてもらおうかな。あなたはそれでいいの?」
「私はできる限り、人間に害を及ぼさないように行動します」
「あ、そう」
 女性はまず荷物から毛布を引っ張り出して私に寄越し、それからてきぱきと服と靴を脱いで手近の木の枝に掛けました。私は自分の機体と女性の体を一緒に毛布でくるみ、表面温度を2℃上げました。女性の髪までは濡れていなかったので、これで服が乾くのを待てば、体調を崩すことはないでしょう。
「へえ、ほんとだ。あったかいね」
 女性は私の顔をまっすぐに見て笑いました。
「こうやって立ってるのも変だから、座ろう」
「はい」
 変かどうかは私には分からないのですが、言う通りに座りました。
「地面が冷たいですから、あなたは私の足の上に座って下さい」
 女性は大きな笑い声を立てました。
「何それ! 変!」
「変ですか。地面に座っていては冷えます」
「変だよ、会ったばかりなのに。裸で毛布にくるまってて、そのうえ足の上に座らせて抱っこしてくれるの!」
 息が切れるほど笑うので、私は重ねて要請するのはやめました。過呼吸を起こすと意識が鈍る恐れがあります。
「ちょっとごめんね」
 女性は体をずらして毛布の中から手を伸ばし、バックパックを引き寄せ、寝袋を地面に敷いて、幅を半分空けて座りました。
「私はこれでいいよ。あなたもどうぞ」
「私には敷物は必要ありません」
「でも地面に座ると冷えるんでしょ? 私を温める効率が悪くなるでしょ」
「確かにそうです」
 女性は呼吸を元に戻しましたがまだ笑っています。気分が良いと体の抵抗力も増すので良いことです。
 女性は足先で私の足に触れました。
「足もあったかい」
 座った場所は川縁のゆるい斜面の草の上で、日当たりが良いので私の太陽電池にも好条件です。
「服が乾くまで暇だから、話してよう。私はチカ。あなたは?」
「テルミと呼んでください。鳥話と人語を翻訳する装置です」
 私には自意識がないので名前は必要ないのですが、人やカラスと話をするときは便宜上テルミという識別コードを使用します。
「ふうん。鳥話が解るのか、いいねえ。で、テルミはどこへ行くところだったの? 川を渡った先に何か用があるんでしょ」
「人の町へ行きます。ここから20kmほど先に町があると鳥が教えてくれました」
「そうか、あっちには町があるのか。誰かを尋ねて行くの?」
「知人はいませんが、保護者のいない子供がいれば保護するためです」
「へえ、立派だねえ」
「私はそのために作られました」
 チカは笑顔を収めて言いました。
「生きる目的がはっきりしてていいねえ。私も一緒に行こうかな」
「あなたの移動の目的に差し支えはありませんか」
「特に目的はないんだよ。移動も、食べ物を探して回るだけ。川で釣りとか、野草を探したりとか」
「そうですか。では町へ行って家を探すと良いかもしれません」
 チカは顔を傾け、立て膝の上に頬を乗せて唸りました。
「うーん、でもなー。町の水が合わなくて出て来ちゃったんだし、別の町に行っても落ち着けないかもなあ」
「人は町の家に住んで、誰かと一緒に暮らすべきです」
「ずいぶん確信持って言うねえ」
「そうしなければ人口が増えませんから」
 チカは遠くを見て大きくため息をつきました。
「はあー、なるほど」
 ため息。これはあまりよい兆候ではありません。
「チカ、悩み事があるなら誰か別の人に相談するべきです。一人で考えていても解決は難しいと思います」
「相談はしたよ、前に住んでた町で、もうたくさん。もういいやって思って出てきたんだよ」
「解決しなかったのですね」
「そ。だってみんな似たようなことしか言わないよ。今は孤独でも、そのうち本当に大切な人と出会える、その人との間に子供ができれば最高の幸せだ、とか」
「私もそう思います」
「ほんとにそう思ってる?」
 チカは探るように私の目を覗きこんできました。思う・考える、というのは私の場合は便宜上の用語にすぎません。CPUが過去と現在のデータを検証した結果導き出される類推です。私はその類推を言葉にします。
「あなたは町に住んで、人の男性と家族を作るべきです。町への移動に案内が必要であれば私が付き添います」
「私、結婚するならテルミがいいな~」
「人は人としか結婚できません。人はすでに種を存続させるための絶対的な必要個体数を割り込んでいます。解決策が必要ですが、私はその機能を備えていません。私にできるのは幼い個体の保護だけです」
「そうだよねえ。じゃあ、まあ町まで送ってもらいましょ」
 
 行った先の町では、保護者のいない子供はいませんでした。
 子供の数そのものがもう少なく、それぞれがとても大切にされていたので私の果たす役目はありません。町へ行っても保護の必要な子供がいない、近頃はこういったパターンがとても多いです。
 鳥に近くの町を場所を聞いて、そちらの方角へ町を出ようとするとチカがついてきました。
「テルミ! 私も一緒に行くよ」
「住む家が見つからなかったのですか」
「やっぱりここ、私の好みじゃなかった」
「好みで判断するのではなく、将来設計として考えてみてはどうですか」
「まあいいじゃないの、将来のことならそう急いで居場所を決めなくても」
「急ぐ必要はありませんが、条件の良い年齢の範囲は限られています」
「……言われ慣れてるからいいけどさあ」
 チカは少し怒った表情をして私の鼻をつまみました。私は呼吸をしないので無意味でしたが。それは人が子供を叱るときにするような仕草だったので、私は尋ねました。
「チカ、あなたには子供がいるのですか」
 チカは答えずに鼻歌を歌いながらよそを眺めていました。
 
 その後、チカは寿命が尽きるまでの間に何度か私と行動を共にすることがありました。
 チカはその間もずっと家族を持つことはなく、住む家を定めることも殆どありませんでした。
 私はチカの他にもたくさんの数えきれない人たちと出会っては別れてきましたが、時々チカと話したことを思い出します。CPUが記憶を照合します。
 
「あなたはなぜ、わざわざ一人で不便な旅を続けるのですか」
「町は狭くてねえ。町の外にいれば……、広い世界に身を置いていれば、身近なものから目を逸らしていられるから」
「町には見たいものがありませんか」
「みんな言わないけど気づいてるよ。人間はもう滅びるんだよね。テルミは人の最期を看取ってくれるの? あなたはどれほど長く生きるの」
「私はそもそも生きていません」
「人間が誰もいなくなった後は、当然子供もいないし、あなたは一人だね。そう思うと寂しくて、つらいよ」
「私にそういった感情はありません」
「私はテルミが好きだよ」
「私は愛情を持つことはありません」
 その時チカは微笑んでいました。
「テルミ、愛してる」
「チカ、私はあなたの言葉の意味するところが分かりません。どうすればあなたがそう言うのを止めるのかと考えています」
「それは私の話を不快に感じてるってことだね? 感情、あるじゃない」
「そうですか?」
「私はテルミのこと好きだけど、町の人のことも好きだよ。だから心配しないで」
 その話をした時、チカはもう若くはありませんでした。町を離れて暮らすには体力的に厳しくなっていました。
「好きって言うのは結局、自己中なもんだよ。好きでいる自分が好きなんだ。何かを好きでいるっていうのは気持ちがいい。好きな人が苦しんでるようなところは、見たくないんだ」
 
 チカはもう寿命が尽きて、いなくなりました。
 私は学習により行動を最適化するよう設定されていますから、たとえば通常あなたが傍にいる時であれば、移動する道端の木に人の食べるのに良さそうなりんごが生っていた場合、それをあなたのために取って行くという行動ができます。
 あなたがいなくなった後しばらくは、りんごが生っているのを見かけるとCPUがそういうシミュレーションをしていました。そしてりんごをもいだとしても、あなたにそれを手渡す可能性がないことを再確認していました。
 だから今、私は道端の木からりんごをもぐことはしません。ですがそれらの情報処理にかかる時間よりもずっと長く、りんごの木の下に立ちどまっています。
 あなたの言った、人を好きになるという感情がどういうものなのか、知りたいと思います。
  何かを好きでいるというのは気持ちがいい。
  好きな人が苦しんでいるところは見たくない。
 多くの人が夜の闇を恐れ、星の輝きを見て美しいと言うことは知っています。理解はできましたが、私はその恐怖も感動も持つには至りませんでした。
 あなたのことをもっと分かりたかったです。
 この指向が何なのかわかりません。本来のプログラムにはありませんでした。エラーと自己修復を繰り返す過程で組み上げられたものです。
 あなたに会いたい。この指向は優先順位がかなり高いです。
 現実にはない音がずっと聞こえています。これは明らかにエラーですが、自己修復ができません。もう間もなく私の機能は全停止するでしょう。
 今、私は日当たりのよい斜面の草の上に腰掛けています。斜面の下には町が見えます。
 人の種はいつかは滅びますが、私の機能が止まる方が先になりました。これは過去に行った予測よりも良い結果です。私は役目を果たし、良い仕事をしたと言えるでしょう。
 自意識はありませんが便宜上テルミと呼んでいた私の電気信号が消滅して、「私」は無になる、どこにも存在しなくなるとすれば、私はあなたと同じ所へ行けるのでしょうか。あなただけでなく、これまで会った人たちすべて、記憶の中の人たちと、また会うことができるでしょうか。
 もしそうなら、悪くないと思います。








前回の更新から一年経ってました……さすがに愕然としましたが、大人になると一年なんてあっという間に過ぎてしまいますね~(開き直るしかない)
イメージソングはチューリップの「心の旅」です。

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