花茶-13 @麻唯 2010.4.11

                                     **   **

 石畳をのんびりと過ぎて行く荷車の音に促され、リオンはゆっくりと目を覚ました。明け方デュークに掛けられた声に安心したのか、随分と深く眠り込んでいたらしい。そのおかげか疲れは癒されたようで身体が軽く感じられる。睡眠も休養もきちんと取れた自然で快適な目覚めだった。
 その替わりとでも言うのか、いつもならばいつ眠っているのかと首を傾げるくらい早くから起きてすっかり仕度を整えているデュークが珍しくもまだベッドの中にいて、すっかり寛いだ様子で大あくびをしていた。
「おはよう、リオン。良く眠れたか? 今朝はいい天気だぞ」
「おはよう。もしかして俺寝過ごした?」
 窓の外の様子や部屋に差し込む光、ましてや十分に睡眠を取ったと感じる自分の調子からついそう聞いたのだが、デュークは笑って首を振った。
「いや。どちらにしろ今朝は余り早くから動くつもりはなかったから大丈夫だ。俺も今朝方ヘンな時間に寝直しちまったからな。今になって眠くて仕方がない」
 口ではそんなことを言うがとてもそうは見えない。気を遣われたのだろうかとも思ったが今更の話だろう。
「デジーは?」
「顔を洗いに行った。もうすぐ戻るだろう。リオン。コンパスはどうだ?」
 保留にしていた問題を聞かれて慌てて意識を向ける。昨夜は夢も見ないくらいぐっすり眠っていたし、今朝も特に何も感じない。夕べは少し神経が過敏になり過ぎていたのだろうか。枕元においてあった方位磁針を袋から取り出して蓋を開けて見た。
「あ…」
「やはり北西…か」
 ベッドから起き上がって覗き込んで来たデュークが言うように、やはりその針は北西を示している。夕べ見た時はゆらゆらとどこかあやふやな揺れを見せていたが、今朝はその揺れも殆どなく明らかに北西に向いていた。
「ふ………ん。針路変更だな」
 デュークの声にはほんの少し迷いが混ざっている様にも聞こえたが、テーブルに地図を広げて早速道を確認し出している。確かに宛てのない旅をしている彼らにとって、ほんの僅かな指針でもそれに縋るしか先行きの決め手がないのだ。
「北西となるとフェリ…か」
 少し眉間に皺を寄せて考え込んでしまう。問題のある土地なのだろうか。
 何はともあれリオンはこの隙にと荷物をまとめ、いつ出発すると言われても大丈夫なように仕度を済ませた。
 暫くするとデジーも戻って来た。こちらもすっかり準備ができているようだ。
「おはよう、デジー」
「おはよう、リオン。デューク、お客さんだよ」
 デジーが案内して来たのはデゴイだった。殆ど気配をさせずするりと部屋に入って来る。手にした包みは研ぎを頼んでいた剣だろう。
「デゴイ。おはよう。あんたが自ら来るってことはあの一行も出立したってことか。軍とは別口だと言ってなかったか?」
「ああ。別口だ。軍の奴らが東の街道を行くのを見届けてから出て行ったぞ。奴らはアウレーゼではなくフェリへ向かったようだ」
「そっちもフェリ…か」
 デュークは難しい顔で地図に視線を戻す。この先の事を考えているのだろう。その手元を覗き込みながらデゴイが聞いて来た。
「お前達はアウレーゼへ行くんじゃなかったのか?」
「夕べまではそのつもりだったんだが事情が変わった。あいつらとかち合う危険はあるが、北西に行けとコンパスが示してる」
「コンパス? それは先々代が持っとったあれか? 結局お前が継いだのか」
 少し目を細めつつ感慨深げに呟くデゴイに、デュークは何故か少し顔を顰めたようだった。デゴイは今でも守人であり、自分が花茶人だと言うことすら全く知らなかったリオンなどよりずっと事情を承知しているのだろう。
 彼らは皆それぞれが自分達の役割を自覚している。もしリィムの言葉を受け取ったのが自分ではなくデジーかデュークのような守人達だったら何かが違っていたのだろうか。
 胸の奥深いところにチリリと小さな痛みを感じた気がして深く息をする。そんな仮定を考えてみても意味がない。リオンは軽く首を振って意識を切り替えると方位磁針にじっと目を凝らして見た。やはり針は北西を指している。
「デゴイはじぃさまから何か聞いていないか? 俺が聞いたのはあれを花茶人が持つと桜のある方角を示すって話だけなんだが…」
「わしが聞いたのもそこまでだな。先々代に見せて貰った時はぐるぐる回って一向に止まることがなかった。ずっとそのままなんだと言っとったぞ」
「ああ。俺が持っている間もぐるぐる落ち着きがなくて、見てると眩暈がするんじゃないかと思ったからな。しかしリオンの手に乗せた瞬間に動きが止まったんだ。尤もその時は東北東を指していたんでアウレーゼへ行くつもりでいたんだが」
「ふ…ん。成程。コンパスが道を示したか。ならば覚悟を決めてフェリへ行くがいいさ」
 軽い口調でそう言うと、デゴイはリオンの手元に視線を移して覗き込んで来た。その瞳に懐かしそうな色が浮かぶのは古の時を思い出しているからなのか。
 そうして暫く方位磁針を眺めていたが、ふと思い出したように顔を上げてデュークにしかめ面をして見せた。
「お前は…。そんなリオンにあんな剣を持たせていたのか?」
 少し咎める口調だ。そんなリオンって何だよ…と胸の中で呟いたら、それまで黙って聞いているだけだったデジーがすかさず問い質してくれた。
「そんなリオンって…、どう言う意味?」
「長の直系ってことだ。しかもコンパスがしっかりと道を示す程濃い血を引く者だ。リィムの血を引くのであれば研ぎもしていなかったこの剣は気持ちの良いものではなかっただろうが」
 そう言ってデゴイは包みを解くとデュークが昨晩預けた剣を取り出しリオンに渡して来た。
「あ……」
 受け取った瞬間、確かに夕べとは感触が違うと思った。手に馴染むと言うことはやはりないだろうが、なるべくなら側に置きたくないと思っていた夕べとは違って感じられたのだ。
「そりゃあ…、俺も気にしない訳じゃなかったんだがな…」
デュークが顔をしかめ少し気まずげにもごもごと小声でそんな事を呟く。いつもは鮮やかな程にテキパキとしているデュークのそんな様子は珍しく目を丸くしてしまった。それはデジーもまた同じようで、こちらは少し楽しげに眺めていた。
「折角の守護刀なのに扱いが悪すぎると鍛冶屋の親父が嘆いとったぞ。朝まで掛かってしっかりと砥ぎ上げたから十分に清廉になっているだろうと伝言だ」
 デゴイはそこまでを少し揶揄かうような口調でデュークに告げ、ふいに表情を改めた。
「これを曇らせるようなことはさせるなよ」
 いっそ淡々とした口調だったと思うのだが、デュークは勿論、デジーまでが背筋を伸ばし神妙な表情で頷いた。
 デゴイが告げる[するな]ではなく[させるな]と言う言葉の持つ意味がリオンの心の奥深くゆっくりと染みて来る。デュークもデジーも、リオンが剣を抜く事などないように守ると言った。それがつまり守人としての存在理由だと脈々と受け継がれて来たのだ。ここにも彼らの覚悟がみて取れた。
 ならば…とリオンも思う。自分の為にデジーやデュークが命を掛けるような事態にならないよう、自分のできることをしようと。桜を見つけたからと言って何かが変わるとは思っていない。しかしリィムから受け取った『早く桜を探して』と言うメッセージが無駄だとは思えなかった。何か意味がある筈だ。
 ならば一刻も早く使命を果たそうと、今すぐにも出かける気分でデュークを見たのだが、そこにはすでに神妙な様子はすっかり影を潜めた見慣れた男の姿があった。
「さぁて。それじゃあ腹ごしらえして出かけるか」
 のんびりした口調で告げられて、カクンと身体を傾がせてしまった。
「…すぐ行くんじゃないの?」
「いやいや。せっかく旨い飯にありつけるチャンスなのにすきっ腹で出かけることもないだろうが。デゴイが何か旨いもの食わせてくれるだろ」
 デュークの言うことも尤もだが、何だか思いっきり肩透かしを食らわされた気分だ。
「デュークってばいつもこんな感じなんだよ。だから諦めた方がいいと思う」
 デジーがどこか宥めるような執り成すような口調で告げた。デゴイがフンと鼻から大きく息を吐く。
「その性格は変わっとらんってことか。自分の宿じゃないから何ができるか判らんぞ」
 どうやら今朝はデゴイの宿まで行くのではなく、この宿でデゴイが食事を作ってくれるらしい。そんなことが出来るのかと首を傾げるが、軽口の応酬をしながら階下へと向かうデュークとデゴイには何やら算段があるらしい。デジーが肩を竦めると諦め顔で促して来る。
「私達も行こ」
「あ…ああ」
 まぁ、おいしいご飯が食べられるのは嬉しい事なので、その調達方法は年長者に任せるとして、デジーと一緒に階下へと下りて行った。

 兵達が出て行った朝の街は賑わいながらもどこか静かな様子を見せていた。デゴイに見送られ三人はセレスの街を後にする。
 街道へ出て暫くはデュークが辺りに気を配っていたが、彼らをつけて来る気配はないようだった。
 リオンは胸元に下げた袋の上から方位磁針をギュッと握り締める。今はその示す先を信じて進むしかない。大きく一つ深呼吸をすると晴れ渡った空の下フェリへ向けて歩き出した。

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自分が発した言霊が働いてしまったようで、今回も大幅遅刻で失礼しました。
偶数月………、もとい、奇数月担当の麻唯です。花茶-13をお届けします。
大ボケです。3月末までに書く筈だったのに、こんなに遅れちゃいました。
いえ、いつもの事ですが、今回いろいろ悩むところありまして……。

今回こそ本当に何とかセレスを出なくちゃ…と思いつつ、息切れしながら
やっと出立です。でもまぁリオンが覚悟を決めてくれたので、『ぐるぐる悩む』
からは何とか脱却できると思います。
今度こそ本当に少しずつお話が展開するのではないかと思います。(多分^^;)
いつものご挨拶で恐縮ですが、この先ものんびりな花茶の彼らとお付き合い
頂けますと幸いです。どうぞよろしくお願い致します。 
                                       麻唯

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花茶-12  @麻唯  '2010.2.9'

                                         **   **

 宿に戻り部屋に鍵を下ろしたところでデュークがぽつりと告げた。
「あれがデゴイが言っていた若様だな」
「え?」
 驚いて声を上げるが確かに話と一致する様子だ。
「呼びに来たのがお目付け役だろう。リオンに興味を向けなかったところを見るとまだ情報が届いていないか」
 仲間から連絡があったと言っていた。多分リオンを宿で取り逃がした連中だろうとデュークが呟く。
「だが何故リオンではなくデジーに声を掛けて来たのか…。あれは女を引っ掛けるタイプには見えないんだが」
「人を探してるって言ってたね」
 デュークの揶揄にたじたじとなってはいたが、誰かを探しているのだと言っていた。だがそれはリオンではなかった。花茶人を探している訳ではないのだろうか。
「派兵に託けて別の探し人か…? それならば一人違和感があるのも頷けるが」
 しかしそれはあくまであの若様に限ってのことだ。連れの男達は間違いなく花茶人を追っている隣国の兵だろう。まだリオンの存在に気づいていないが、別働の奴らが合流すれば自ずと情報は齎される。
「急いで出た方がいい?」
 デジーが緊張した声で確認するが、デュークは首を横に振った。
「いや。却ってその方が怪しまれる。それに今のリオンはパッと見には判らない筈だ。予定通り明朝でいい。剣の研ぎも出来上がらないのに出立するのは不自然だしこの先困るからな。今夜はゆっくり風呂に入って良く休め」
 今日のところは警戒するほどではないとしても、この先は判らないと言うことだろう。まだどこかで自分が追われているという自覚が薄いリオンはどう捉えていいのか不安定な気分になる。街に入る時に後をついて来ていた妙な気配といい、街に入っていると言う私服の兵士たちといい、良く判らない若様の存在といい…。実はやはり自分とは縁がなかったと言う話にならないだろうか。
 急に疲れが出たように感じられてベッドに腰を下ろした。
 デジーは早くも気分を切り替えたようで風呂に行くため着替えを取り出したりしている。
 リオンも風呂へ行った方がいいと思いつつも、身体が重く感じられて動くのが億劫だった。そのままバタッとベッドに横になってしまう。首から下げていた小袋に入れた方位磁針が微かな音を立ててベッドへ滑り落ちた。
「リオン。疲れているのは判るが風呂に入ってから眠れ。疲れを落としておいた方がいい。明日から暫く風呂にはお目に掛かれないかも知れないからな」
 デュークの言葉に頷きながらもやはり起き上がる気力が出ずゆっくり目を閉じる。思えば何だが随分と遠くへ来てしまった。まだデジー達と出会ってからそれ程時間が経っていないのに、もうずっと長い間旅をしているような錯覚を覚えるのだ。両親兄姉や友人達のいるディナールの村のこともどうなっているのか思い出す余裕もなかった。デュークは軍に見張られているだけで生活は変わりがないから心配することはないと言っていたけれど、これまで思いやりもしなかった自分は薄情なのではないか。
 思考が取り留めなくなって行く。
 このままデジーやデュークと方位磁針の示すまま進んで何か変わるのだろうか。リィムの夢も今では見ない。あれ程感じていた焦燥感は別の不安定さにとって替わられリオンを落ち着かなくさせる。

『…………は貴方が持っていてね』

 ふとリィムの声が聞こえてリオンはハッと目を開けた。
「リオン? 起きたなら風呂に行くぞ」
「え?」
 しかし現実に聞こえて来た声はデュークの深い低音だった。
「あれ?」
 身体を起こせば掛けられていたらしい毛布が肩から滑り落ちる。気づけばしっかりベッドに寝かされていた。確かちょっと横になっただけの筈だったのに。
「眠ってた?」
「ああ。肩を揺すってもグズって起きない程度にはな。朝まで起きないかと思ったが風呂が使える時間で良かったな」
 見ればデジーは濡れた髪を乾かそうとタオルで丁寧に拭いている。
「広くて気持ちのいいお風呂だったよ。湯加減も悪くなかったし。身体が解れていい感じ」
 デジーの言葉に頷きながらも、まだ意識が覚醒しきっていないような感じだ。眠って夢を見ていたのだろうか。リィムからの言葉を聞きそびれてしまった罪悪感に胸が騒ぐ。
 無意識に胸元に手をやってふと革の小袋に触れる。さっきベッドに横になった時に聞こえた微かな音を思い出す。何故かリィムの声の響きと同じ印象をうけた。
「リオン? まだ寝ぼけているか?」
「あ…。いや。風呂だよな。行くよ。デジー、これを預かってて」
 小袋を首から外して手渡そうとしてまたも微かな音を聞いた。まるで意識を引こうとしているかのように。そう考えると何故か途端に気になって手放せなくなってしまった。受け取ろうと手を出したデジーが首を傾げる。
「リオン? どうかした?」
 リオンは自分でもよく判らないまま曖昧に首を振りつつ、方位磁針を取り出して蓋を開けてみる。
「え………?」
 その示す先を見てリオンはつい声を上げてしまった。
「何? どうしたの?」
「リオン?」
 デジーとデュークが心配げに覗き込んで来る。
「方角が変わってる」
 渡された時は確かに東北東を指していたのに、今は北西を示している。まして微妙に少しずつ動いて行くようにも見えた。何かがリオンの心に引っ掛かった。形にはならない何かが。
 しかしデジーは何も感じないらしい。呆れたような声だ。
「やっぱり壊れてるんじゃない?」
「あ~。否定はできないな。何せこれまで花茶人に渡したことがないんだから、どう反応するのが正しいのかなど判らないんだ。じぃさまから聞いた話が頼りだが、それすらじぃさまの親父からの口伝でしかない」
 デュークが指先でトントンと叩くと、針は小さく震えて動きを止めた。やはり北西を指している。
「どうするの?」
 デジーが少し声をひそめて問う。方位磁針が壊れているとなれば、進むべき道はさっぱり決めようがない。ディナールの村を出立する時にリオンが感じたような漠然とした感触すら今は判らなくなっていた。
「明日へ持ち越しだな」
 ふいにデュークが明るい口調で宣言した。
「今夜はどうせ動けないんだから今考えても仕方がないだろう。今夜はぐっすり眠って明日考えればいいさ」
「えー!」
 一緒に声こそ上げなかったが、リオンもデジーと同じ気分だった。そんな事でいいのだろうか。
「明日になったらまた戻ってるかも知れないだろう? もしくは北西が正しい方角だったか」
「デューク、無責任すぎる」
「だが誰にも判らないんだがジタバタしても仕方がないだろうが。とにかく風呂だ。デジーはきちんと鍵を掛けて待ってるんだぞ」
 子どもにするようにポンポンと頭を撫でられてデジーは少し怒った顔だ。リオンは一度深く深呼吸して方位磁針を袋へしまった。確かに誰にも判らないのだから考えても時間の無駄だろう。
 こんな時、デュークの切替の速さ、柔軟な考え方は確かにいい加減なようにも見える。デジーには不評なようだが、しかし逆から考えればそれも物事に捕らわれすぎない<ゆとり>とも言える部分で、リオンとしては見習いたいものだと思った。
「デジー。これを頼むよ。行って来るから」
 今度こそデジーの手に乗せる。一瞬、またしてもリィムの声が聞こえるのではないかと耳を澄ましたが、何が起こる訳もなく袋はデジーの手に納まった。
「いってらっしゃい。良く温まって来るといい」
 軽く手を振られ、とにかく今は疲れを落として明日からに備えようと風呂へ向かった。

 明け方、たくさんの人馬が街を出て行く気配に気づいてうっすらと覚醒する。久々のベッドで疲れはだいぶ取れたが、まだ眠い。半覚醒のまま身を起こそうとしたところを、窓から様子を窺っていたらしいデュークの低い声に止められた。もう少し眠れと言われて素直に身体から力を抜く。
 外の喧騒は段々静かになって行く。兵達が出立したのだろう。替わりに耳に届いたのはデジーの微かな寝息だ。窓辺に佇むデュークの気配もまたリオンを眠りに誘う。
 方位磁針の示す先はやはり変わったのだろうかと考えながら眠りに戻るが、リィムが夢に現れることはなかった。

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お待たせ(待ってない?)しました、花茶-12です。
相変わらず遅れてます。…って言うか大遅刻です。さすがに1月の日付は書けないので
2/9になっちゃいました。こんな私ですが偶数月担当です。
予定ではリオン達もセレスの街を出立しているはずだったのですが、おかしい……。
まだ宿にいます。ぐーぐー寝てます。リオンってばまだぐるぐる悩んでるし。
主役の筈なのに全然いいとこないですね。
ちゃりさんから「リオンの活躍期待」とリクエストを貰っていたのですが、
道程は通そうですよ。とほほ。

次回こそセレスを出て、お話も少し進展させたいです。
いつものご挨拶ではありますが、よろしければこの先もゆるゆると
お付き合い頂けますよう、どうぞよろしくお願い致します。 
                                       麻唯

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花茶-11 @麻唯 ‘2009.11.30’

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 デゴイの宿で食事を終え、三人はまたも今夜の宿への道を辿っていた。さすがにそろそろ見知った看板なども目につくようになって来たが、今だにリオンには良く判らない道をそぞろ歩く。
「はぁー。食った食った。やっぱりデゴイじぃさんの飯は最高だ。もちろんレイシーには負けるがなぁ」
 緊張感のかけらもなくデュークは満足げに腹を撫でながら陽気に告げる。酒には強いと言ってエールを何杯か煽っていた。もしや酔っているのではないかとリオンは少し心配になってしまう。
 一方デジーはこんなデュークに慣れているのかそんな心配は全くないらしい。陽気なデュークに相槌を打ったりからかったりしていた。しかし母であるレイシーの食事の話になった途端、ピタリと口を閉じてデュークをまじまじと見つめてしまった。
「デューク……。母さまをすっごく愛しているのは知ってるけど、それって恋は盲目って言わない?」
 娘の評価としてはそこは頷けないと言うことらしい。
「何でだ? 俺はレイシーの作ってくれる飯がこの世で一番好きだぞ。旨いじゃないか」
 臆面もなく言い切るデュークを凄いと思いつつ、リオンとしては何だか気恥ずかしい気もしてどう反応していいのか悩んでしまった。それはデジーも同じだったようで、こちらはきっぱりとデュークに言い放つ。
「聞いてる方が恥ずかしいからそう言うことを口にするのは止めて。そりゃあ、母さまだって下手って程じゃないわよ。でも…、その絶賛には頷けないから。まして今食べたご飯と比べるなんて申し訳なさ過ぎる」
 しかし当のデュークはどこ吹く風だ。
「デゴイじぃさんはプロなんだから旨くて当たり前だろ。しかしレイシーはお嬢育ちなのにあんなに旨いんだぞ。絶賛して当然じゃないか。俺には一番の飯だぞ」
「え? 母さまってお嬢様育ちだったの?」
 デジーが初めて聞いたと言うように目を丸くしてデュークの言葉に驚いている。リオンとしてはそこに引っ掛かるのかとおかしくなってしまった。もしや酔っているのはデュークだけではないのだろうか。
「おう。バリバリの箱入りだったぞ」
 箱入りのお嬢様だったその人をどうやって落としたかと言う武勇伝は何度も聞かされて来たらしく、声高に話し出すデュークをデジーは適当にあしらいながら聞き流している。リオンとしては男としてここは聞いておくべきかと耳を傾けていたのだが、デジーが肩を竦めつつ忠告して来た。
「ちゃんと聞くと馬鹿らしくなるから聞かない方がいいよ」
 そんなデジーの言葉もデュークはお構いなしらしい。どこまでが本当だろうと言う話をとうとうと語って行く。
 夜も更けた街にはまだそれなりに人が行き交っている。大抵がデューク同様酔って陽気な様子だ。中にはぶつぶつとくだを捲く者もいるが、やはりここは賑わいに溢れた街のようだ。
 誰も三人に気を止めることはなく、デュークとデジーもまた周囲を気にした風もなく軽口を聞きながら宿へ向かう。

 そんな中、一人だけ急ぎ足で歩いていた若い男と擦れ違った。避けられないような道幅ではなかったし、それまでこちらを気にした風もなかったのに、ふいに相手がビクリとして足を止めた。
 リオンはその時、咄嗟に何が起こったのか良く判らなかった。デジーが、まるでリオンを庇うようにリオンの前に立ちはだかる位置に身体を動かしていて、更にはデジーに手を伸ばそうとしていたらしいその若い男の腕をデュークが掴み止めたのだ。それらが瞬き程の短い時間に起こっていた。
 デュークは酔ってなどいなかったのだな…などと関係ない思考が頭を過ぎるのは、余りの急な出来事に思考が麻痺しているからだろうか。
「この娘に何か用か?」
 凄みを利かせた声でデュークが問う。驚いたのは相手も同様だったようで、掴まれた腕を呆然とした顔で見つめた後、デュークの顔へと視線を移す。
「いや…、私は……」
 しどろもどろに言葉を捜している相手の隙をつくようにデュークはデジーをリオンの方に押しやった。デジーはリオンの胸元に逃げ込むような素振りで身を寄せて来る。怯えているのかと驚いて顔を覗き込めば、その体勢のままリオンにしか聞こえない小声で囁いた。
「顔を上げないで。妹が心配だって顔で私を見てて」
 もしや追っ手なのだろうか。相手を観察したい衝動を押さえて、大丈夫か…などと声を掛けながら言われた通り視線を伏せデジーを見るように努める。
「遊ぶ相手を探しているんなら、声を掛ける相手を間違っていないか?」
 畳み掛けるようにデュークが凄んで見せる。ますます相手は動揺したようだ。
「遊ぶって…。ち、違う。そんなつもりではなくて…」
 真っ赤になって否定する相手に、デュークの声が今度は揶揄を含んだものになった。
「何だ何だ? 随分初心な坊やだな。慰めて欲しくて声を掛けたんじゃないのかい?」
 まるで初心な若者をからかっていたぶる中年のようだ。ますます相手がうろたえるのが気配で伝わって来て、リオンとしては何だか可哀相な気までして来た。
「だがら違うんだ。そんなつもりじゃない。私は人を探していて…」
「ふーん。運命の相手を見つけたとでも言うのかい? 今時流行らないぜ、そんな誘い文句は」
 デュークがいたぶるのを楽しんでいるのではないかとすら思ってしまった。顔を上げようとしてデジーが小さく首を振る。
「兄さん」
「大丈夫だよ」
 芝居とは思えない心配そうな声に思わずそう応えていた。その間にもデュークの揶揄は続いている。
「お綺麗さんに遊ばれて捨てられでもしたか?」
「だから違うんだ! 人を探しているのは本当なんだ。ただこんな若い人ではない筈なのに、どうして反応したのか…」
 途方に暮れたような困りきった声にもデュークは容赦がない。
「一体どこが反応したんだい? お若いの」
 下品な笑いと共にそんな事を口にする。やはりデュークは酔っているのだろうか。ちらりと視線を投げれば、男が酷く真剣な顔つきで何かを告げようと口を開きかけた。

 その時、ふいにデュークが立ち位置を変えた。ピリッと空気が震えるような緊張感が走る。
 一体何が起こったのか。リオンが内心首を傾げた時だった。場を壊すようにして別の男の声が割って入った。
「若様」
 決して鋭くはなかった。ただ、まるで聞き分けの悪い子どもを嗜めるような口調であり、厳しさが強く見え隠れする。一体どう言う関係なのか。デュークの背で視界を塞がれたリオンにはその姿は見えなかった。同様に相手からも遮られているだろう。
 場が壊れたのは確かだ。それまでデュークと対峙してした男がハッとしたように身を竦めて振り向いた。
「あ…」
「早く戻って下さいって伝言が行きませんでしたかね。バイス達から連絡があったようですぜ」
「あ…、ああ」
 若様を探しに来たらしい男にはデュークもその後ろにいる子ども達にも興味がないらしい。ひたすら若様と呼んだ男が行動してくれるのをじりじりして待っているのが気配だけで伝わって来る。
「お迎えかい、若様。探しているのが年上のお綺麗さんならこの娘にはもう用はないだろう。仲間に叱られない内に戻った方がいいぜ」
 畳み掛けるような揶揄の言葉で相手を封じて、デュークがリオンとデジーに歩き出すよう促した。
「お前らに何かあったら姉貴に殺されるって。いいか。悪いお兄さんに声を掛けられてもついて行くんじゃないぞ」
「失礼ね。私はあんなのに引っ掛かったりしないわよ」
 怒って声を上げるデジーを宥めるように肩に手を乗せ、反対の手でリオンの肩を押しながら歩き出す。
「はいはい。お前はしっかり者だものな。ほれほれ、こんな奴ら放っておいて行くぞ」
 結局リオンは相手を殆ど見ないままだった。男達にも見られていないだろう。 暫くは背中に視線を感じていたが、やがてそれも感じられなくなった。彼らも去ったようだ。
 一先ずは何事もなくて良かったと胸を撫で下ろし、先程とは打って変わった固い様子で三人は足早に宿へと戻って行った。

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相変わらず遅れまして、花茶-11です。
今回は少し話が進むかなーと思っていたのでずが、全然進んでない気がします。
いえ、一応進んでいるんですけれど…、時間の経過が………。
若様、出て来たのに情けないし。デュークにいいようにからかわれてごめんね。
デュークが中年親父丸出しで、どうなんでしょう、読者様的にはOKなのかしら。

次回は街を出てコンパスの示す先を目指す予定です。果たしてどこへ行き着くのか。
よろしければこの先もゆるゆるとお付き合い頂けますよう、
どうぞよろしくお願い致します。                                 麻唯

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花茶-10 @麻唯 '20090930'

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 街道と街を分ける木戸が夜間警備のために閉められる少し前、三人はセレスの街へ入った。日没が過ぎてそれなりに時間が過ぎていたが、大きめの街らしく、まだあちこちに明かりが灯って人々の声がしている。
「賑やかな街だな」
 リオンの口からついポロリとそんな感想が零れる。この一年程旅をしてあちこちの街や村に寄ったりして来たが、今までのどこより賑わっている感じがするのだ。
「今日は一段とな」
「いつもはこれ程じゃないってこと?」
「ああ。賑やかと言うよりざわついてる感じだ。落ち着きがない」
 そのざわめきに紛れたのか、ちらちらと後ろにあった気配もいつしか感じられなくなっていた。デュークが気配を探ったが判らなかったということは多分離れていったのだろう。果たして彼らを追って来ていたのか、それともたまたまだったのか、他に目的があったのか、判らないままだがデュークは気にしていないらしい。
「また後をつけてくれば感じ取れるから大丈夫だ」
「デュークが気づいたことに警戒したってことは?」
「そう言う気配はなかったな。妙な感じだったからたまたま後を歩いていたって言う線は薄いと思うんだが、まぁ、いづれにせよ今は気にする時じゃない。それより今は熱い風呂と飯だ。この先野宿が続く可能性もあるからな。今夜はしっかり食って休むぞ」
 デュークは慣れた足取りで目抜き通りから離れ小さなわき道に入った。途端に静けさに包まれたように雰囲気をがらりと変えた道をスタスタと行けば、少し先に柔らかな明かりが灯る店が見えて来た。大きくはないが作りからして二階は宿になっているのだろう。
「あれが今夜の宿?」
「ああ。この街一番の飯を食わせてくれる宿だぞ。商売女達が入って来ないから子ども連れでも安心だ」
 ニヤニヤとどこか揶揄かうような笑みでリオンに笑いかけてから扉を開く。
「お…?」
 ふいにデュークの口から驚きを含んだ声が聞こえた。扉を開けてすぐに酒処兼食堂があるのだが、外の静けさからはとても想像できない人数が中で食事をとっていたのだ。デュークは予想外のことに足を止める。かつてこの宿屋でこれ程の人数を見た事などなかった。
 すぐ後ろについていたデジーはその広い背中にぶつかりかけて顔を顰めて抗議の声を上げた。
「デューク! 急に止まらないでよ。どうしたの?」
 その抗議を宥めるようにデジーの頭を軽くポンポンと叩いてから、奥にいる老人に声を張り上げた。
「親父。今日は随分繁盛してるんだな。部屋を取れないか? 二部屋」
「満室だ」
 チロリと視線を向けただけで、とても宿屋の主人とは思えないようなつっけんどんな返事がある。この状況では空いてはいないだろうと踏んでいたデュークはあっさりと引き下がることにした。
「この状況じゃあ仕方ねーか。んじゃ後で飯食いに来るのでよろしく」
 気軽な口調で告げれば、多分返事なのだろう、老人が不機嫌そうに頷いたようだった。しかしそれを確認するまでもなくデュークはデジーを促してその宿屋を出た。元より中へ入らなかったリオンは二人の会話から状況を察して肩をすくめてみせる。
「やっぱり今夜は野宿かな」
「いや。多分あそこなら空いてるだろ。余り上品な宿じゃないが一晩だから我慢しろよ。こっちだ」
 デュークはまたしても慣れた足取りで少し入り組んだ道をすいすいと進んで行く。ただつい行くだけだったリオンはどこを歩いているのか判らないままいたが、気づけばいつしか目抜き通りに戻っていて、一際騒がしい宿屋の扉を開けるところだった。宿屋としては大きいそこは、上品ではないと言ったデュークの言葉通り荒くれ者らしい男達が胸元を大きくあけたドレスに身を包んだ女達の腰に腕を回して酒を煽っていた。ちらりとデュークに視線を投げ、すばやく連れを確認した途端、どこか嘲るような笑い声を立てて更に大きく杯を空けて行く。
「ここ?」
 そんな様子を不快に感じたのだろう。少し非難の混ざってデジーの声が確認をとった。
「ああ。仕方がない。デゴイじぃさんの宿が埋まるようじゃあ他も同じことだ。空いているのはここぐらいだろうよ。飯はあっちで食うし、ここは寝るだけだと思えばいい。確か風呂は悪くなかった筈だ」
 スタスタと中へ行き交渉を始める。吹っかけるつもりだったらしい主人をどう丸め込んだのか、鍵を手にリオンとデジーを手招いた。
「えーっ! 一部屋なの?」
「こんな宿でお前だけ別にしたら姉貴に殺される。別に血が繋がってるんだから三人一緒に同じ部屋だっていいだろが」
 酒を飲んでいる男達の脇を抜けるように上の部屋へ向かう際、荒くれ男や商売女達がちらちらと興味深そうな視線を送って来る。それを牽制する意味もあるのか、自然な会話を装いつつデュークは子どもを構うようにデジーの頭を軽く小突いた。
「痛―い。レディに失礼でしょ。もう! 兄さんはいいのよ。小さい時からずっと一緒なんだから。でもデュークはいびきが酷し歯軋りするじゃない。うるさくって眠れやしない。ねー、ディオン」
「何がレディだ。ついこの間まで俺がおしめ変えてやってたって言うのに生意気言うようになりやがって」
「いゃーね、年をとると。十年前だろうが二十年前だろが、ついこの間になっちゃうんだから。私はもう立派にレディよ、叔・父・さん」
 デジーはそれまでの話し方と全く違った口調でからかうようにそう告げると、怒り出す素振りを見せるデュークを避けてリオンの背中に隠れてしまった。
 そんな様子に興味を失ったようにこちらを窺っていた視線もいつしか三人から離れていた。それぞれの赴くままに酒に女にと戻ったようだ。
「くそ。名前で呼べっていつも言ってるだろうが。お前らに叔父さんって呼ばれると一気に老けた気がするんだ。行くぞ」
 デュークは何気ない仕草でデジーを構いながら、最後にもう一度辺りを見回して階段へ足を向けた。大きな宿屋らしく珍しい三階造りの奥まった部屋だ。すぐに手伝いらしい若い男が予備の寝台を運び込み出て行く。
 デュークは当たり前のように予備の寝台に多くはない荷物を降ろし腰掛ける。
「取りあえずの心配はなさそうだ」
「街道で後をついて来ていた気配もなかった」
 同じように一つの寝台に腰を下ろしたデジーの口調はいつものものに戻っていた。切替の早さについて行けないリオンは何とも情けない気分でため息をつく。のろのろと自分の物になったらしい寝台に荷物を下ろす。
「疲れた?」
「大丈夫か?」
 同時に声を掛けられて苦笑する。デュークとデジーに比べ、何とも自分はいろいろ足りないところだらけだ。
「大丈夫。こんな事で音を上げてる暇はないんだろ。取りあえず追っ手はいないって思っていいのかな」
「今は…な。この隙に飯だな。もう一度デゴイじぃさんの店に戻るぞ」
 これからまたあの道を戻るのか…と、リオンはちらりと浮かんだ億劫な気分を振り払うように頷く。デジーは早くも軽々と立ち上がりドア口に立っていた。
「さぁ、飯だ飯」
 弾むような口調でデュークが促してくる。そう言えばこの人の雰囲気はさっきと今と殆ど変わらないんだな…とリオンはぼんやり思いつつ立ち上がった。
「剣は持っていけよ」
 透かさず指摘されてリオンはつい顔をしかめてしまった。デュークの甥で修行中の身…と言う設定を決められた時に剣を渡されていた。しかしやはり慣れないものはなかなか身につかないもので、部屋に置いたまま出かけるところだったのだ。慌てて手にして、傭兵ならいつも持っている筈だと改めて自分にいい聞かせるが、やはり馴染むものではない。馴染みたくもないと思う気持ちがあるのだから仕方もないだろう。
「デゴイじぃさんのところで巧く刀鍛冶が見つけられると楽なんだが…。貴方に剣を抜かせるようなことにはさせないつものだが、取りあえず手から離すなよ。修行の一つだとでも思って」
 リオンの気持ちを見透かしてか気遣うようなデュークの視線に居たたまれないまま、リオンは慣れない剣を手に部屋を出る。これが手に馴染むようなことはないだろう。どう見てもデジーの方が堂々とした剣士っぷりだった。

                **    **

 またしてもどこを通ったのか良く判らないまま、気づけばデゴイじぃさんの店の奥まった席に腰を下ろすことになっていた。さっきはあれ程たくさんいた客達が殆どいなくなっている。
 先程の会話とも言えないやり取りはちゃんと通じていたらしく、すんなりと通されて落ち着く間もないまま、主人自らが酒と料理を運んで来た。
「ほれ」
 好きに食えと言わんばかりに置かれた皿からは湯気が立ち上り良い匂いがしている。急に空腹を覚えたリオンは勧められるままに食事を始めた。デュークもデジーも同様にさっさと口に放り込んで行く。
「ん~。旨い! やっぱりデゴイじぃさんのこれを食わんとセレスに来たって気がしないよ。商売繁盛で何よりだな」
「ふん。今だけだ」
「ああ。随分と騒がしいな。いつ到着した?」
「三日前だ。私服で砕けた様子を装っているが、ありゃ傭兵じゃねぇ。訓練された軍の者だ」
 デュークとデゴイは低く声を顰めて情報を交換する。成る程。街が賑わっているのは軍隊が駐留しているかららしい。リオンは追っ手なのだろうかと考え、馬鹿馬鹿しいと自らの考えを否定する。未だに自分が追われていると言う実感すらないのに、誇大妄想じゃないかと自らを嗜めて胸の内で呟いてみた。
「街中を何やら伝令が飛び交っている。他の宿の奴らは大半、明日の内に出て行くだろう」
「この宿の奴らは別口ってことか」
「ああ。かなり訓練されとるようだが、国訛りってのは本人は気づかない端々に出るもんだ」
 それはつまりこの宿に泊まっているのは隣国の兵と言うことなのだろうか。あの日、部屋を探し回っていた奴らと無関係と言うことはあるまい。ビクッと顔を上げればデジーも同じ考えに行き着いたようで緊張して剣の束に手を置いたり放したりしていた。その仕草を微かな視線だけで嗜めてデュークは先を促した。
「数は多くない。だが一人毛色の変わったのが混ざっとる」
「ふん?」
「貴族の若様って感じだ。育ちの良さを感じさせる。だが兵達の一行だ。兵共は相手にしていないが、あれが名目上の隊長なんだろう。向いていないこと甚だしい上、本人もそれを自覚しとるようだが、どうやら本人の希望で加わっとるようだ」
 デゴイじぃさんは無口で無愛想なのだと思っていたのだが、すらすらと語られたその事に、内容より少し驚いてつい眺めていれば、デジーもまた同じような表情をしていた。目があってつい二人小さく笑いあう。
「あんなにしゃべれるんだね」
「意外と言うか、見かけと違うって言うか…」
 あの外見でしゃべらなそうに見えるのだから周りは気を許して老人の前でも会話をしてしまうのかも知れない。基本的に宿屋の主人と言うのは人の噂話をしないものだと思っていたが、どうやら違うらしい。どこに繋がるのかまだ不明だが、多分自分達と全く無関係ではないだろう情報は有り難くも、何となく盗み聞きをしてしまったかのようで申し訳ない気もしてくる。
 しかしデュークの反応は違った。少し声質が暗くなる。
「…となると、別に頭がいるはずだな。実際に兵を動かす奴が」
「ああ。だがわしはまだ見ておらん。多分別に動いていてここで合流の予定なんだろう。かなり統率力のある奴だな。ここに泊まっている兵共は若様を無視しつつもおとなしくしている。側にいなくても騒ぎを起こさせないだけの力のある奴が仕切っとるんだ」
 またしても嫌な感じの話になって首をすくめてしまう。やはり甘い考えではいられない状況のようだ。
「嫌な話だな。…でもまぁ、何にしても助かるよ、じぃさん」
「ふん。旧い付き合いだからな。子は一人じゃなかったのか? どこかに隠し子でもいたか」
 きな臭い話は終わったらしい。少しからかいを含んだ声にデュークの声も明るいトーンに戻る。
「冗談じゃない。俺はレイシー一筋だぜ。これが娘のデジーだ。こっちはリオン。リィムの血だ」
 声をひそめつつもはっきりとそう告げた言葉に、慌てたのはデジーだけではなかった。デゴイもまた驚いたように目を丸くしている。
 やがてその目がすっと細くひそめられ、懐かしい者をみるかのような色を浮かべてリオンを見つめた。
「よく…、すり抜けたな」
「たまたまだったんだが、運が良かったよ」
 デュークにはリィムの夢の話はしていない。リオンが村を出たのは偶然だと思っているようだ。
「せいぜい捕まらんことだ」
「ああ。もちろんだ。明日には発つよ。ああ。だがその前に刀鍛冶が必要だったんだ。急ぎで直してくれる職人を知らないか」
「おらんこともないが。どれだ?」
 デュークに言われてリオンが預かっている剣を差し出せば、デュークと二人何やら専門的な話になっていったようだ。ここからは聞く必要がないか…と意識をデジーに向ける。
「びっくりした。デュークが言うと思わなかったから」
 眉間に皺を寄せてそう言うデジーにリオンは小さくため息をつく。
「やっぱりまずいのかな。俺の名前を教えるのは」
「当たり前だ。追われているんだから。何のために髪を染めて私と兄妹なんて設定にしたと思ってるんだ?」
 堅い口調で言われてたじたじとなっていると、デュークが笑いながらデジーの頭を撫でた。
「こらこら。そんなにリオンに噛み付くな。せっかくの美人が台無しだろ」
「デューク!! 何であんな親父に…」
 気づけばデゴイはデュークがリオンに渡していた剣を手に店の奥に入って行くところだった。リオンのことを王の手の者や隣国の兵に流さないとも限らない、そんなリスクを敢えて冒すデュークにデジーは冷たい視線だ。まして剣を渡してしまうなんて…と言いたいらしい。
 ふっとデュークが目を細めた。それはどこか、先程デゴイがリオンに向けたものと似た色を含んでいた。
「彼はデゴイ。守人の血を引く。今はこの地に根を下ろしているが信頼していい。何たって俺の剣はあの人が師匠だからな」
「ええっ?!」
「若い頃は震えが来るくらい凄腕の剣士だったよ。足をダメにして一線を引いたが、今でも守人と思っていい」
 少しほろ苦い様子でそう告げるデュークにデジーも反論できなくなったらしい。口をつぐんだデジーの頭をまたも軽く撫でてから明るく笑い、食事を続けようと二人を促して来た。

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1回お休みしてましてすみません。連載再開(?)の花茶-10です。
しかもまた月跨いで4日とかになっちゃってるし。でも一応9/30の原稿ってことで。
前回休んだ分もちょっと長めに…。そうすれば新たに若い登場人物も出てくるし…。
なーんて思っていたのですが、おかしい。デゴイじぃさんとの会話が長くなってました。
いえ、話を進めるために必要な情報ではあったのですけれどね。
お若い人の出番まで行き着けませんでしたヨ。あーあ(>_<) (>_<)
それでも少しは話が動き始めたのかなーと思います。
次回はちゃんと若様も出て来る…はず…です。
何とかもう少し先へ行けますよう精進します。
よろしければこの先もゆるゆるとお付き合い頂けますよう、
どうぞよろしくお願い致します。              麻唯

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花茶-9 @麻唯 '2009.5.31'

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 すっかり自分の考えに耽っているデジーを気にしつつ、リオンはやはり落ち着かない自分の気持ちを持て余す。何かを置き忘れているような、目の前にある何かに気づかず通り過ぎてしまっているような、そんな気持ちの悪さだ。
<デジーとデュークの事が信じられない?>
 自問してみるが、それに関する答えはやはり否と出る。折々に考えてみるのだが、いつもその答えは変わりがない。それなのに自分が何に引っ掛かっているのか判らないから始末に負えないのだ。
<向かう先が間違っているんだろうか>
 旅の最初からリオンの中には漠然とした進むべき方向が判っていた。多分それはリィムの意志に関するのだろうと深くは考えずにいる。間違った方角に向かえばそれを感じられるのだから、その都度修正をしながら進むべき方角に来ていると思っている。
 その勘はデジーと出逢う少し前から曇りがちで、ここ暫くもやもやとしていたのだが、今、三人で向かっている先が違うと言う感じは沸きあがって来ない。ただ、この先に桜があると確信できないのも確かなのだ。何かが微妙にずれて感じられて仕方がない。
 つい深くため息をついてしまった。それがタイミングを同じくしてデジーがついたため息と重なって響いた。
 驚いて顔を上げたリオンの目に、同じように目を見開いたデジーの顔が飛び込んで来た。
「デジー?」
「リオン?」
 同時にいたわりを持った声が相手に問い掛ける。何がそんなに心を煩わせているのかと。
 途端、少し前を歩いていたデュークの肩が揺れた。
「デューク!!」
 それを見咎めたデジーが少し頬に血を上らせて強く抗議の声を上げた。
「いや。本当に双子みたいだと思ってな」
 斜めに半身だけ振り向いたデュークの目元も、そして声も明らかに笑いを含んでいる。
「年が違い過ぎるだろ」
「リオンはずっと年上なんだから」
 抗議の声もまたぴったりと同じ呼吸だ。デュークは今度は笑い声を殺すこともなく足を止めた。
「まぁ、確かに双子には無理があるか。しかし兄妹って言うのは悪くない設定かも知れないな」
「設定?」
「一体何の話?」
 ふいにデュークは笑みを収め二人に向き直った。
「さっきから妙な気配がちらちらと感じられる」
 小声で告げられたそれに、デジーとリオンはハッとなりデュークの顔を見つめた。こうした時、慌てて辺りを見回すなど愚を冒さない分別を二人とも弁えていたのだ。
 デジーはともかく、リオンのそうした行動に少し表情を柔らかくしてデュークは言葉を継ぐ。
「このまま夜道を行くつもりだったが予定変更だ。ここを左に行くと街道にぶつかり、その少し先にセレスの街がある。もしこちらを窺っている奴らが、リオンの事を知らずに探しているのだとしたら、ただ疑わしいと様子を窺っているだけなのだとしたら、ここでセレスに向かわないのは却って不審を招く。旅人ならばセレス規模の街に寄らないのは不自然だからな」
 もしリオンをディナールから唯一抜け出した人物と判って追って来ているのだとしたら、こんな風にちらちら気配を感じるのはおかしいとデュークは踏んでいた。むしろただ漠然とリオンの容姿と、一人旅の薬草売りと言う情報のみを持って探している複数の内の一部だと考えられる。それが王の兵なのか、隣国の手の者なのかまでは判らないが、デュークの憶測が正しければ、こんな夜道に街道から離れてこそこそ進む姿に却って注意を引いてしまうだろう。むしろここは通常の旅人が取るように街へ立ち寄るのも手だった。
「東北東と言う道からは少し離れるが、どちらにしろ塩を少し補充しておきたいから丁度いいとも言える。街へ行けば追っ手の動向も少しは掴めるだろう。幾ら隠密にとは言っても、王の兵が動くんだから噂にならない筈がないからな。
今からリオンはデジーの兄の゛ディオン″だ。傭兵をしている俺について旅をしている。修行中の身だ」
 すらすらとそんな事を言われてリオンはたじたじとなる。大体剣も持たない用兵などいるものか。それこそ疑ってくれと言っているようなものだ。
「剣ならあるぞ。但し刀鍛冶を探さないといけないがな」
 一体どうしたのか、まるで手品のようにデュークの手に剣が握られていた。もちろん、彼が腰に佩いた剣とは別のものだ。
「少々痛みが激しいから直しが必要だ。それもあって我々はセレスに寄るんだ。俺達の関係は…、そうだな。お前達は俺の姉の子とでもしておくかな」
 面食らっている内に設定がどんどん決められて行く。一体どうなるのかとリオンは口も挟めずにいたが、デジーにとってはさぼどおかしなことではなかったらしい。時折頷いてデュークの言葉を飲み込み咀嚼しているようだ。しかし、このデュークの言葉には納得が行かなかったようで抗議の声が上がった。
「どうしてわざわざ叔父なんて設定にするんだ。親子でいいじゃない」
「お前と俺ですら親子に見えない自覚はあるんじゃないのか? 見た目では親子と言うには年が近く見えるんだ。そうだろう? リオン」
 急に話を振られてどぎまぎしながらも素直に頷いてしまった。確かに言われるまではこの二人が親子だなどと思いもしなかったのだから。デュークがひどく若々しいのだ。とても十代の子どもがいるようには見えない。
「そこへリオンが入ったらますます親子には見えない。お前達を兄妹と言う設定にするなら叔父くらいが丁度いいさ」
 大事な話をしているのは承知しているが、何故かデュークがどこか楽しげに見えてリオンはつい半歩身を引いてしまった。
「デュークが若作りだからいけないんだ」
 デジーから抗議の声が上がるが、デュークはもう決めてしまったようだ。リオンにしても反論してデュークを説得できる自信などある筈がない。
「いいか、間違うなよ。ディオンとデジーの兄妹だ。ディオン。コンパスはしまっておけ。どの道暫くは使わない」
 言われて取り出した方位磁針の蓋を開け、一度中を確認する。針は少しゆらゆらと揺れながらも右の方向を指し示している。リオンはパチリと蓋を閉じて懐の置く深くへとしまい込んだ。
 三人が左へ足を向け、セレスの街を目指す頃に方位磁針の示す先がゆっくりと少し向きを変えたのだが、懐にしまい込んだリオンが気づくことはなかった。
 そしてまたリオンの感覚の中でも、セレスへ向かうことに対する齟齬感がないことにも意識を向けることはなく、夜の帳が落ち始めた道を街へ向かって歩を進めて行った。

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何だかまたしても進展の少ないお話になってしまいましてが、
花茶-9 書き上がりました。
あ。しまった。また月を跨いじゃってる。すみません。 
一応5月の原稿です。(>_<)(>_<)。
今回、いつも以上に何回も書き直ししたんですけどね。
やっぱりなかなか前へ進んでくれません。
自分で書いておきながら何ですが、随分手ごわいです。
次回は3人ぽっちじゃなく、もっと他の人も出てくる予定です。
よろしければこの先もお付き合い下さいますよう。
どうぞお願い申し上げます。              麻唯

 

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花茶-8 @麻唯 '2009.3.31'

 歩き出して暫くする内に、リオンは隣を行くデジーに違和感を覚えている自分に気づいた。最初は髪の色が変わったせいだと思っていた。まだ短い付き合いでしかないが、リオンにとってはデジーの髪の色は故郷の村人達と良く似たもので馴染みの深い色だったからだ。それを急に染めてしまったから慣れないだけだろうと思っていた。
 しかし時間が経つ内にそれだけではないと感じ始めた。デジーが言葉少なに何かを考え込んでいる様子であることが原因なのだと。これまでの短い道程の中で2人に親しく話すような余裕はなかった。追っ手から逃れるための道行きはむしろ黙ったまま黙々と闇の中を歩き続けるばかりだったからだ。しかしそれでも自分達の間には何か見えない絆のようなものがあったのだと、今になってリオンは実感していた。
 その絆が切れた訳ではない。デジーの態度が変わった訳でもないだろう。しかしそれでもこうしてそこはかとない違和感を感じる程にはデジーの様子が違って感じられたのだ。
 そこへ目覚めてからずっと感じている不安感が重なってリオンを落ち着かなくさせている。何かが肌に馴染まずごわごわとした感触を残しているかのようなのだ。それがずっと微かな主張をしてリオンの気持ちを少しずつ苛むのだ。
 そっとデジーの様子を窺って見る。デュークがいるからだろうか。昨日はずっとリオンの気配に敏感に反応していたデジーの意識が今日は全くこちらに向いていないようなのだ。
「デジー」
 リオンは堪らなくなって声を掛ける。弾かれたように顔を上げたデジーはすぐに応えてくれたがそれでもどこか上の空のように感じる。
「何? リオン」
「ずっと考え込んでると思って。何か心配事?」
「え…。ああ、いや、何でもないよ。それにデュークがいるから心配いらない」
 またもデュークに対する全面的な信頼だ。父親であり一族の長だと言うのだから全幅の信頼は当たり前なのだろうが、これほど意識に差が出るものなのか。
 リオン何故か少し面白くないと思ってしまった自分を情けないと思った。
「何でもないならいいんだけど…」
 本当は納得できないと、そんな思いが声に出てしまっていただろうに、デジーは気づかなかったように小さく笑い掛けて来た。
「本当に何でもないから大丈夫だ、リオン」
 やっぱり違和感だとリオンはため息をつく。そうして自分の気持ちがまたもデジー達を信じられるのかと揺らぐのを感じて更に自己嫌悪に陥ってしまった。
 そんなリオンの様子に気づかず、デジーは今朝方のデュークとの会話に意識を戻して行た。歩き始めてからずっとそれを考えているのだ。それがリオンに不安を与えているなどと全く思いもしないで、デジーはリオンが眠った後の小屋でデュークから聞いた話を思い返していた。

                    **   **

 横になったリオンの呼吸がゆったりとしたものに変わって行き、完全に寝入ったことを確認すると、デジーはデュークに疑問を投げかけた。
「デューク。さっきリオンに制止を掛けられて身体が動かなかった。あれが前に言っていた彼らの能力なの?」
 熾き火になったかまどを眺めつつ、足を椅子に乗せて抱え込むようにして小さな声で問う。口調が柔らかいのは話す相手がデュークだけだという安心感からだ。
「ああ。そうだ。俺も遭遇したのは過去に一度きりだがな」
 2人の話す能力とは、花茶人の長の直系が持つもので、強く命じることにより守人一族の動きを制止できると言うものだった。
 かつて守人一族は花茶人を守ると言う名目の元、どんどんと武力をつけて行った。花茶人の存在と能力から掛け離れ、正反対へ力を伸ばす守人達の存在は花茶人にはますます受け入れ難いものとなっていったのだろう。いつしか花茶人の長達の中に、彼らが暴走して不要な暴力をふるわないよう、制止できる能力が生まれていた。それは守人一族に対する花茶人の恐れから発生したのではないかと推測され伝えられているが、いつ備わったのか、一体どうやってそのような能力を身に付けたのか、そうした記録は一切ない。
 しかしその能力は代々長の直系に血筋として伝わり続け、守人一族の血にもまたその命令を受けるという記憶が刷り込まれているのだ。
 尤も、守人一族が花茶人の元を離れ、花茶人もまた散り散りにされたことにより、その能力が使われるような機会は殆どなかった。デュークの経験もまた、彼がまだ子どもの頃のことなのだ。
「自分が体験してみるまではどんなおとぎ話だと思っていたんだがな」
 自分の身体が自分の意志で動かなくなることの恐怖は今も消えずにデュークの中にある。いや、むしろ年を重ねる毎にその事実に恐れを感じると言えるだろう。
「花茶人はそんなに私達が怖かったのかな」
 デジーはそれをとても淋しいものだと捉えていた。幼い頃より、花茶人は守るべき存在だと教えられ、そのように生きて来た。それなのに完全なる信頼を得られないようでつらいと思うのだ。
「もし暴走したらと考えたんだろう。彼らにとっては武力自体が恐れるものだったのだろうから」
「リオンも…。彼も私が怖かったんだろうか」
 小さく肩を竦め、恐々と言うようにつぶやくデジーの頭を大きな手が撫でる。
「そう思うならお前はやはりまだまだ子どもだと言うことだ」
 妙に安心したように言われてデジーはむっと顔を上げる。
「デューク! まだ私を守人として認められないの? もう子どもじゃないって認めてくれたから今回の探索に同行が許されたと思っていたのに」
「守人としては認めているぞ。お前の言う通り、さもなければ同行させなかったさ。ただ、あの場面で男心が判らないようならまだまだだと安心しただけだ」
 笑いを含むその言い方にデジーは更にむっとなる。
「男心って何。あの状況でリオンが止めたのは私が奴らを殺そうとしたから…」
 むきになって言い募るデジーをデュークは愛しげに見つめながら飄々とした口調で同意してみせた。
「ああ。お前が奴らを殺そうとしたからだな」
 同じ言葉を使っている筈なのに、どこか言い回しが違って聞こえてデジーは眉を顰める。
「何か違う気がする」
「はは。そのうち判るさ。今は気にするな。それより、この先同じことがあった場合のことを考えろ」
 その一言でデジーの表情が引き締まった。椅子から足を下ろしてデュークに向かう。
「あれは…。もう一度同じことがあったら、私はあの制止の声を無視することができるんだろうか」
 デジーは小さく身体を震わせる。自分の身体が思い通りにならない怖さを思い出したのだ。あの瞬間、賊の剣が自分を貫くと思った。まるで時間が引き延ばされでもしたかのように刻々と自分に向かって来る剣の鈍い光を思い出すだけで胸が詰まる気がするのだ。剣士にとって自分の身体を思うように動かせないという事は死に直結する。リオンを守る筈だったのに、咄嗟の時にそれが出来ないのであれば自分の存在意義すら危うく感じられる程の恐れがデジーの身を包んでいた。
「無視はできないだろうな」
「そんな……」
 呼吸すらままならないような気がしてデジーは大きく喘いだ。
「デジー。あれは守人一族の血に刷り込まれたものだ。制止を掛けられれば俺達は従うしかない。しかしあれは一瞬だけ制止させる力なんだ。逆を言えばその一瞬を振り切れば俺達を従わせる力はない。事実、振り切るための術もある」
「それが何になる? 一瞬の間が命取りになるって、教えてくれたのはデュークだ」
「ああ。確かに一瞬の隙を突かれれば命を落とすこともあるだろう。だから花茶人をあんな場面に居合わせないようにするのも我々の使命なんだ」
 デュークの静かな声にデジーは息を呑み、やがて肩を落とした。
「私の失態だったのは判ってるんだ」
 確かにあんな場面にリオンを立ち合わせてはいけなかったのだ。あの時素直に逃げていてくれればと、つい恨みがましく思ってしまう。
「まぁ、今回は運が悪かったな。しかも、あの能力は本来そう易々と使われるものじゃない筈なんだ。花茶人が心底止めたいと願った時にしか発動しないと聞いていた」
「でも。リオンはそんなこと知らないのに私の動きを止めたわ。あんな場面で制止を掛けられたら守れるものも守れない」
「デジー。リオンを責めるなよ。彼にとってはお前が人を殺めるのが耐えられなかっただけなのだろうから」
 デュークの手が宥めるようにデジーの頭に伸ばされた。そっと優しく撫でる手の温もりはデジーの中の子どもの部分に響いたが、反面、同士として認められていない証拠のような気がして軽く身を引いて父の手から身を離す。
 デュークはそれ以上何も言わず小さく肩をすくめるだけに留めた。

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           またしても翌月に食い込んでしまいましたが、花茶-8お届けです。
                しかし。話が全然進んで行ってくれません。一体いつまでこののろのろで行くのやら。
       しかも今回のシーンは本当なら7の最初の予定で書いていた筈だったのに、すっかり
       忘れて整理したフォルダーに入れちゃってたらしく、今回ちょっと慌てて盛り込みました。
       こんな設定も遥か遠い最初からあったのですが、危うく落としちゃうところでした。
       相変わらず話は前に進んでいませんが、まずは離れず連載を目指して書いています。
       とってもスローペースではありますが、よろしければまたお立ち寄り下さい。よろしくお願い
       致します。                                      麻唯

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花茶-7 @麻唯 '2009.1.31'

 目を覚ます直前、リオンは夢を見ていたと思った。しかし、意識が回りの様子を知覚するのと引き換えるように夢は淡くその輪郭をぼやけさせ、夢を見ていたと言う記憶だけを残してその内容を薄れさせてしまった。
「コンパスのことだったと思うんだけど…」
 つい口に出してしまう。最近見る夢は大抵が過去の記憶で、驚く程に鮮明に、まるで追体験をするかのようにはっきりと覚えていることが多かっただけに、忘れてしまったそのことに妙な罪悪感が残った。何か大きなミスを犯してしまったかのように胸が重く感じられる。
「ん~。何だったんだ?」
 起き上がり頭に手をやろうとして方位磁針を握ったままだったことに気づいた。眠りにつく時に手にしたまま離すこともなかったらしい。大切な宝物を抱え込んだまま寝入ってしまった子どものような気がして苦笑してしまう。昨日渡されたばかりのそれは初めて見るものなのに、とてもよくリオンの掌に馴染んだ。今はすっかり温もりを移してほんのりと暖かい。
 手を開いて良く眺めてみる。蓋に装飾されているのは桜の花だ。長い年月を経て来ただろうに掠れることもなくくっきりとその花を浮かび上がらせている。あの大きな樹をこの花たちが幾百と開き飾る姿を思い出して何だか切なくなる。あれ程の素晴らしい様が今は失われてしまっているのだから。
 蓋を開いてみれば、眠りにつく前と同様に針は一方を指してゆらゆら揺れながらもそれ以上動くことはない。針が示す先は東北東だ。
 その先に桜があるのかと思ってリオンは少し首を傾げてしまった。
「何だろう」
 何か、何かが心の片隅に引っ掛かるのだ。デュークの言葉を疑っている訳ではない。ただこの示す先に桜があると簡単には思えないのだ。旅を始めた頃、自分の行く先など全く判らなかったが、リオンには何故かどこか漠然とした方角が判っていたのだ。そして、この感触は旅の道々で違う方向に向かった時に感じた齟齬感とどこか似ている気がする。
<ああ、でもちょっと違うか。道が違っているのとはどこか違うな。でも桜がある方向でもない……。そんな感じだ>
 自分でも妙なことを考えていると思う。しかし方位磁針の示す先に桜の樹はないのではないだろうか。
「樹…じゃない? でも………」
 何か、何かが掴めそうな気がする。
 しかし、そんなリオンの思考を破るようにドアが開けられてしまった。決して乱暴な開け方ではなかった。むしろ気を遣ってそっとドアは開けられたのだ。けれどそれが手繰り寄せ掛けていたリオンの中の何かを破ったのは本当だった。
「デジー」
 少し呆然と名を呼べば、申し訳なさそうな顔をしたデジーがドアの外から声をかけて来た。
「すまない、リオン。何だか驚かせたみたいだ。起きた気配がしたから声を掛けに来たんだが…」
「ああ。…うん。ありがとう」
 どこかぼんやりと感じられる頭をはっきりさせようとリオンはデジーにしっかりと視点を合わせてみた。いつしかもやもやと胸の中に渦をまいていた何かはすっかり身を顰めてしまっている。これはもう考えても無駄だろう。
 ふと、デジーの後ろから差し込む光が少し西に傾き始めた色をしていることに気づいた。早朝に眠りについた筈なのに、ずいぶんと寝込んでしまっていたようだ。旅の間にそれなりに用心深くなったつもりでいたが、宿でのことといい今といい、実はかなり図太い性質なのだろうか。
「ごめん。随分と眠っちゃってたみたいだ。君達は休めたのかな」
 デジーがほっとしたように息を吐いて小さく頷いた。
「私達なら大丈夫だ。交代で休んだから。リオンの具合はどうだ? 傷は痛まないか?」
 自分ではすっかり忘れていた傷のことを聞かれてつい首を傾げてしまった。その途端、ピリッとした痛みを肩口に感じて思い出す。しかしそれはもう全く問題のないことだった。
「大丈夫だよ。デュークに貰った薬草は傷には本当に良く効くんだ。すぐに痕も残らず治るから」
「そうか。それは良かった。大丈夫そうなら井戸で顔を洗って来るといい。デュークが兎を仕留めて来たんだ。食事にしよう」
 言われて急に空腹を感じる。やはり自分は図太いのだろうとリオンは思う。そして現実に意識を向けるほどにさっき感じた諸々をリオンは意識しなくなっていった。

 井戸の冷たい水で顔を洗えば気分も随分すっきりした。眠ったことで疲れも随分癒されたのだろう。小屋へ戻ればデュークが焼きあがった肉を皿に乗せるところだった。
「おはよう、リオン。良く眠れたようで良かった」
「あ、ああ。ありがとう。俺ばかりすまない」
「気にするな。我々は少ない眠りでも休息できるよう訓練を積んでいるから大丈夫だ。それより熱い内に食おう。デジーも座れ」
 テキパキと慣れた手つきで食卓を整え、言葉通り肉が冷める前にとデュークが食べ始める。些か呆気に取られていたリオンだが、デジーも同じように肉にかぶりつくのを見て食事に専念することにした。
 特に手を掛けた風でもなかったが、とてもおいしく感じられる食事を終えて出された茶を啜っていると、デュークが考え込むように小さく唸った。
「何だ? デューク?」
 デジーが不思議そうに首を傾げる。リオンもまた心配事だろうかと身構えてしまった。
「ローネの実が必要だったかと思ってな」
 デュークはリオンとデジーの2人を交互に見ながら渋面と共にそう告げる。ローネの実は染料に使われる実だ。特に髪を染めたりするのに重宝されている。何故そんな話になるのかと首を傾げながらリオンは告げた。
「ローネの実なら荷物の中に入ってると思うけど」
「何?」
「染料として好まれるからさ。薬草と一緒に売ったりしてるんだ。この辺りでは余り見かけなかったけど旅の途中では比較的簡単に手に入ったから。どの村でも娘さん達には好評だろ。けど何で今ローネの実なんだ?」
 訳が判らないと告げるリオンにデジーは得心が行ったと言う顔をする。
「そうか。染めてしまえば随分紛れられる」
 デジーの視線が自分の髪を見ていることに気づいて宿での言葉を思い出した。その髪色は珍しいから目立つのだと。村では大抵の人が濃淡はあれこの色だったから気づかなかったが、そんな話をされたのだ。
「でも、デジーだって同系色の髪だろ」
「ああ。だから尚更なんだ。デジー1人ならばさほど目立たなかったが、2人並ぶとまるで双子のように目立つ。リオンが持っているのならちょうど良かった。2人共髪を染めておいで」
 言われて些か抵抗があったが、もしこの色のせいで狙われ易いと言うなら従った方がいいのだろう。ましてローネの実は染め易く落ち難いのが好まれる手軽な染料なのだから。
 それからすぐにリオンの荷物に入っていたローネの実でデジーと2人手早く髪を染めてみた。少し暗めの栗色にしたのだが、自分では判らないがなるほどデジーを見る限り随分と雰囲気が違って見える。
 満足げに繁々と2人を見つめた後、デュークは目を細めてふいにデジーを抱き締めた。ぎょっとしたのはリオンだけではなくデジーもだったようだ。振り払うようにデュークの腕から逃れ、まるで毛を逆立てて怒る猫のように食って掛かった。
「デューク! それが一族の者に対する態度か?! 守人として生きる覚悟があるかと聞いたのはデュークの方だろう」
 些か年が離れているが、やはりもしやこの2人は親しい関係だったのだろうかと、リオンは自分でも驚くほど胸を衝かれて視線を逸らす。この2人が親しいのは判っていたことだ。同じ守人の仲間で、デジーは全幅の信頼を寄せている。デュークのデジーを見る瞳もいつも愛しいものを見る色をしているのだから。
 何で自分がこんなにショックを受けるのかとリオンは動揺する自分に驚いてしまう。しかし耳に届いたデュークの言葉は予想外のものだった。
「その髪色をすると本当にレイシーにそっくりなんだから仕方がないだろう。娘が愛しい妻によく似て育ってくれたことを喜ばない父親はいないぞ」
「父親って……。え? 娘?」
「だから。守人として行動している時にそんな事を言うな。私はデュークの娘であるより守人としての人生を選んだんだから」
 この2人が親子だとはリオンは思いも寄らなかった。親娘と言うには年が離れていないように見えるせいもあるだろう。髪の色に惑わされて良く似た目元に気づかなかったと言うせいもある。
「ああ。そうだな。そうだったな。すまない、デジー」
 剣に手を置いて頭を垂れるデュークに、デジーは鼻息荒く渋々その謝罪を受け入れたようだ。親娘の間で決着は着いたようだが、リオンはまだ面食らったままだった。
「デジーがデュークの娘?」
「ああ。そんなに驚くことだったか? 私は最初に言ったと思うぞ。守人一族の長の血筋だって。そしてデュークがその長だ」
 デジーは不思議そうに首を傾げる。まぁ、本人とっては自明のことであっても、リオンは一度たりと思った事がなかったのだから仕方がないだろう。デジーは告げたと言うがそんな細かいことに気をまわすにはいろいろな事が起こりすぎている。
「デジーは母親のレイシーそっくりに育って俺とは余り似ていないからな。ましてこの髪と瞳の色ではなかなか似ていると思われないことも確かだ」
 デュークの髪と瞳は黒だ。旅に出るまでは殆ど見ることのなかったその色にリオンはまだどこかで馴染めずにいる。対してデジーはむしろ自分や村の人達と良く似た色合いをしているのだ。すんなりと馴染めてしまうその色に親近感を覚えるのは当然だろう。
「デジーの髪と瞳の色は俺達一族の中では極めて珍しい。元は守人も花茶人と同じ血を引くのだから生まれてもおかしくはない筈なのに、大抵が暗色の髪と瞳の色を持って生まれて来るからな。まるで花茶人とは違うのだと教えられるかのようだと、祖先達には苦く思ったりした者もいるようだ。デジーは更に昔の祖先の血が強く出たんだろう」
 そんなところにも花茶人と守人の間に壁があるのかとリオンは苦く思う。デジーはそのことをどう思って生きて来たのだろう。自分を守人一族のデジーだといい、花茶人を守ると宣言する。過去が絡み付いて来るような感じだ。
「とにかくこれで随分目立たなくなったな。そろそろ出立しよう」
 ぐるぐると様々なことに翻弄されているリオンのことなど知らぬげに、こともなげに告げられてつい棘だった声を上げてしまった。
「一体どこへ?」
 何だって自分はこんなに振り回されているのだろうと思った。同じ血を引く者だといい、違う一族だと言う。リオンは自分の立つ位置が判らず苛立ちすら覚えていた。
 自分は桜を探しているのではなかったか? リィムの意思を継いで桜を探している筈だったのだ。2人に連れられて追っ手から逃れるように一体どこへ流されてしまうのだろう。
「これからどこへ行くって言うんだ」
 苛立つリオンを宥めるように、デュークの声が静かに、そして厳かとも言える響きを持って告げる。
「コンパスの示す先。桜の元へ…だ」
 その瞬間、リオンの胸を何かが吹き抜けて行った。それはさっき目覚めた時に感じた形をなさない何かと同じで、やはり掴めはしなかった。
 デュークは方位磁針の示す先が桜の元だと言う。しかしリオンはやはり齟齬を感じる。それでも自分が向かう先がその方向だと言うことだけは確かなようだ。
 どこまでが自分の意思なのだろう。何か大きな意志に操られてはいないか。リィムの望みに自分は近づいているのだろうか。
 しかし結局リオンはそのことを告げる言葉を見つけられず、出立の仕度をするデュークに言うことは出来なかった。また、髪の色のせいか少し近づき難くなってしまったデジーにも掛ける言葉が見つからない。
「行こう」
 先に立って道を示すよう言われ、リオンは頷くしか出来なかった。デュークとデジーに不信感があるのではない。しかし何かキーワードが足りない気がして、不安になる気持ちが沸き起こる。その気持ちを何とか押さえながら、リオンは2人と共に東北東へと針路を定め歩き出した。

                ななな長らくお待たせ致しました。(すすすみません。このご挨拶すら心苦しい限りですが)
       余りにも久しぶりで、更にいつもより短くなってしまいましたが、花茶、再開です。
       投げ出したつもりは全くなかったのですが、放置状態だったのは本当で申し訳ない限りです。
       もしも待っていて下さった方がいらっしゃいましたら、ごめんなさい。(>_<)(>_<)。
       相変わらずずっと自分の中ではごちゃごちゃいじっていたのですが、今回アップしようと
       して、ここ暫くちゃんと向き合ってこなかったなぁと反省しました。文の書き方すら怪しい
       感じになっちゃってます。
       ちゃりさんとの話し合いで、まずは隔月で書き続けてみようと言うことになりましたので、
       もしご興味が湧きましたら2ヶ月ごとに覗きに来てみて下さい(…って言いながら、実は
       既に1日…あわわ2日だ。遅れて2月になっちゃっいましたが、私の担当は奇数月です)
       どこに行きたいのか、どこで着地するのか、ちょっと不安もありますが、まずは書き続ける
       を第一に頑張ってみます。
       こんな状態でお願いするのも何ですが、よろしければこの先もお付き合い下さいますよう
       どうぞお願い申し上げます。                   麻唯

 

 

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花茶-6  '2007.07.29'

 いつしか夜はすっかり明けきり、白々とした朝の光が辺りを満たしていた。 風が昨夜の雨を吹き払い太陽が少しずつ大地を暖め始める。喪失の恐怖に震えるままデジーの身体を抱き締めていたリオンは、すっと頬を撫でる指にハッとなった。腕の中の身体が小さく身じろぐ。

「デジー?」

「リオン。私なら大丈夫だから腕を緩めて。貴方の傷を診ないと」

 咄嗟に何のことか判らず首を傾げる。その瞬間鋭い痛みが肩口に走り、そう言えば切りつけられたのだと思い出した。

「デジー! 大変だ。君に血がつく…」

 慌てて身体を離そうとして逆に腕を取られる。咄嗟のことに考えられなかったらしいデジーが掴んだのは切り付けられた方の腕だった。

「っ痛!」

「うわっ。すまない! リオン、座って。傷を見せて」

 声を上げたリオンに慌てたようにデジーがどこかおろおろとした口調で言う。今にも上着を剥ぎ取らんばかりの様子だ。だがリオンは自分の傷よりデジーの方が心配で、自分が付けてしまった血を拭き取ろうと手ぬぐいを探してうろたえる始末だ。

 ふと、横合いから低い笑い声が小さく聞こえた。

「デューク! 笑い事じゃない。薬草を持ってるだろう? 早く出して!」

 むっとなったリオンが言葉を発する前に、デジーが噛み付くように告げる。それまでの落ち着きなどすっかり吹き飛んで、15歳の年相応の少女の顔になっていた。

 デュークはどこか微笑ましげに口の端をつり上げてクセのある笑みを浮かべると、荷物の中から薬草を取り出して手際良くリオンの手当てをしてくれた。リオンも知っているその香り豊かな薬草は切り傷には抜群の効力を発揮するもので、元より出血の量ほどには酷くない傷を素早く直してくれるだろう。しかし、この1年の旅の間でもさして量を見なかった、貴重なものだと言うことも知っていた。リオンはどこかもやもやする気分を持て余しつつも礼を言う。

「ありがとう」

「いや。本来ならばこんな傷を受けさせないように我々が存在するんだがな。些か出遅れた。すまない」

 小さく頭を下げるデュークにリオンは複雑な気持ちを更に強くする。自分が守って貰うべき存在だとはやはり思えないし、こんな風に謝られる筋合いもないと思うからだ。それをどうやって伝えようかと思案しながら視線を巡らせば、悔しげなデジーの表情があった。

「デジー?」

 唇を噛み締めて視線を逸らす横顔には、悔しさと共に自尊心を傷付けられた者のような表情が浮かんでいる。

「お前にはまだ少しきつい試練だったな」

 デュークが軽い口調でそう告げる。ずいぶんな言い草だと思ったが、デジーを見つめる瞳には心配げな色が浮かんでいるし、何よりデジーの頬を撫でる手が慈しむように優しかった。

 しかしデジーは更に自尊心を傷付けられたのか、厭うようにデュークの手から逃れ、キッと睨み上げる。

「私は1人でも大丈夫だった。ちゃんと切り抜けられたんだ」

 まるで意地を張る子供のような口調だった。拗ねたように視線をそらせるデジーの様子にリオンは少し驚いて目を見張る。まだ出合ってから1日にすらならないが、リオンから見るデジーは年齢にそぐわない大人びた態度を通していたからだ。時に年相応の表情が覗くことはあっても、リオンに対しては対等であろうしていたように思う。こんな風に子供のような表情を見せるデュークとはどう言う間柄なのだろうと、もやもやとした疑問がまたも胸に沸き起こって来た。

 デュークは静かにデジーを見つめている。それまでのどこか人を食ったような態度は全くなく、まるで風のない日の湖面のような、印象的な静謐さを湛えて、ただ静かに見つめる。

「デュークが手を出さなくても…」

 更に悔しげに言葉を続けようとしたデジーを遮って、低い声で名が呼ばれた。

「デジー」

 その瞬間、ヒクッとデジーが息を飲んだのが伝わって来た。それまでの子供のような自分の態度に気まずさを覚えたのだろう。そわそわと視線が逸らされそうになるのをデュークの声が止める。

「デジー。俺は言った筈だな。守人としての生を取るのなら生半可な気持ちではいられないと。己の力量すら見極められない者を同士には出来ない。選ぶのはお前だ。娘として守られて生きるか、守る者となるか」

 ぐっとデジーが息を飲んだ。一瞬で表情が変わる。リオンが見知ったものに。

「私は守人一族のデジーだ」

 デュークを真っ直ぐに見返して決意を込めたように告げる口調もまたリオンが聞きなれたものに戻っていた。

「助勢を感謝する」

 ペコリと頭を下げると、素早く剣の手入れをして鞘に収めた。デュークは軽く肩を竦める少しおどけた仕草だけでデジーの決意を受け入れた。

 それから表情を引き締めてリオンに正対する。

「改めて。お初にお目に掛かる。ディナールのリオン。俺は守人一族を束ねているデュークだ。貴方だけでも逃れていてくれて助かったよ」

 一族の長であるならばデジーが絶大な信頼を寄せても当然なのか…と考えていたリオンは、最後の言葉に意識を取られデュークを見上げる。

「それはどう言う意味なんだ? 大体、何故貴方達は俺の名を知っている?」

「デジーが話す間もなかったか。とにかく場を移そう。ここは話をするには相応しくないからな」

 デュークの言葉に辺りの惨状を思い出した。倒れ伏す男達の様子を見ようとしたが、それは適わず、少しきつめに腕を取られてその場から連れ出されてしまった。幸いデュークが掴んで来たのは怪我をした方の腕ではなかったが。

 リオンの心に暗い影がさす。不審とまでは言えないが、何か嫌な予感を二人が運んで来たような気がして、出来ればこのまま話を聞かずに立ち去ってしまいたいと思う気持ちを押さえることはできなかった。

**  **

 3人はデュークが用意していた別の小屋へと場を移した。旅人達の拠点として使えるようにカモフラージュした、そうした場を守人一族は幾つか用意していると言う。小さなテーブルと四脚のイス。かまどの脇には薪も積み上げられ、何にでも使えそうな碗もある。裏手には井戸もあるし、かまどには湯を沸かすための鍋もあった。良く盗賊達の根城にならないと不思議なくらい整えられた小屋だ。

 デュークがかまどに火を熾している間にデジーが水を汲みんで来る。手際良く朝食の準備をする2人の様子を見るともなしに見ながら、リオンは疲れ切った頭で何がどうなっているのかとぼんやり考えていた。屋根のある場所で腰を下ろしたことで一気に一晩中緊張の中歩き続けた疲れが押し寄せて来ているのだ。

「リオン? 大丈夫か?」

 デジーが心配そうに覗き込んで来る。手にはいつの間に出来上がったのか、湯気を立てた碗がある。

「寝かせてやりたいが、腹に何か入れてからの方がいい。その間に話しておきたいこともあるし。食べながらでいいのでを聞いてくれ。貴方は花茶人で我々は守人だ。それは理解しているな?」

「いろいろ思うところはあるけれど、それは理解してると思う」

 渡されたシチューは暖かく、ほんの少しだが疲れを癒してくれるのに役立った。ぼんやりした感じを頭から追い払ってリオンは頷いた。

「だが自分が追われていることは理解していない」

 デュークの声は特にそれまでと何かが変わった訳ではない。けれど、どこかひやりとした空気を運んで来たような気がしてリオンはキッと鋭く見返した。

「判る訳がない。何で俺が追われなくちゃならないんだ」

 リオンの鋭い視線を正面から受け止め、それでいてどこか包み込むような穏やかさと切なさを浮かべてデュークが頷いた。

「貴方にとってはいい迷惑とも言える話だろう。だが貴方が花茶人の血筋である以上、これは他人事ではない話だ。今ディナールの村は王の軍の元、保護と言う名の監視下に置かれて厳戒状態にある。ディナールだけじゃない。かつて花茶人の長の一族に近かった者達が流された町や村は全てだ。唯一、貴方だけが彼らの手を逃れて自由の身なんだ」

「そんな…。何だよ、それ。嘘だろ」

 リオンは俄かには信じられない話に息を飲む。ディナールは都から見れば辺境と言ってもおかしくない程の田舎だ。まして保守的な村で、時折訪れる商人を迎える以外は余り外との交流がない村でもあった。それがいきなり王の軍に監視されているなどと言われても信じられるものではない。

「いや。紛れもない事実だ。三ヶ月程前の話だ。俺達がリィムの直系が暮らすディナールを探し当てた時、王の軍はすでに動き出していて、行商人を装って村に入っていた仲間が報せを寄越すのが精一杯だった。住人1人1人にその血筋の確認が取られて、その時、貴方がいないことが発覚したらしい」

 更にはその1人がリィムの直系と判明するや探索の命が出された。

「俺1人って…。貴方達の話を聞いていると花茶人の子孫はあちこちの町や村にいる訳だろ? その人達が全員軍の監視下に置かれてるって言うのか?」

「花茶人達は余り自分達の暮らす場所から遠くへは行かない。ディナールでもそうだった筈だ。性格的なものもあるのだろうが、多分無意識の内にこれ以上一族を散らして、血を薄めることを恐れたからだろうと、俺のじぃさまは言ってたな。だから軍が村を押さえた時点で、ほぼ全員の所在が明らかだった。行き先も定めず旅に出た貴方一人を除いて。そう言うことだ」

 デュークの説明には認めざるを得ないものが含まれていた。確かに自分達の村にはそうしたやや閉鎖的な気風があった。どの村人も他の村や町へ出て暮らそうなどと考えないばかりか、商いなどの事情がない限り出かけて行くことすら稀であった。どこへ行くとも決めずに家を出たリオンのことも村を上げる勢いで止められた程なのだから。それ故に村から少し離れればその存在すら殆ど知られていなかったことを、リオンはこれまでの旅で知っていた。手紙すら出しても届かないのではないかと思い、結局家を出てから一度も出さずにいたのだ。もしデュークの話が本当ならどうやらそれが幸いしたと言うことになるらしい。

 しかし、デュークの言葉に頷きはしても、それでもやはり花茶人だと言うだけで監視下に置かれるのは納得できるものではない。

「何だって今になって花茶人を捕まえることにしたんだ? リィムは曾祖母だぞ。時間が経ち過ぎてるだろ」

「今になって漸く気づいたところだからな。気づいてからの王の動きは速かった方だろうよ。全ての村が押さえられたんだから。最も、向こうには散り散りにした際の記録が残っているんだから難しいことではないだろうが」

「今になって…って。一体何をだよ」

「花茶人の能力をだ。正確に言えば花茶人が敵国に利用された際の脅威をだ」

 低い声で告げられたその言葉が、リオンの心に影を射す。それまでどこか他人事だった話の筈なのに、聞いてはいけない言葉を告げられたような息苦しさに襲われたのだ。それを振り払うように声を荒げて反論した。

「心を静めるお茶を淹れられるって? 悪いけど俺にはそれのどこが脅威なのか理解できないね。出されたお茶を飲まなきゃ意味のない話だろ。大体そんなことで争いがなくなるなら、今頃この世から戦はなくなっている筈だ。でも現実にはそんなこと有りえない」

「リオン」

 宥めるようなデュークの声が神経に障る。

「うるさい!! 俺が花茶人だとしてもそなお茶が淹れられるとは限らないだろ。ましてリィムがあんな望んだ桜は切り倒されてどこにも見つからないじゃないか!」

 ついに怒鳴り声になり息が上がる。眩暈すらして来た気がしてぎゅっと目を閉じた。しんと静まり返った中に自分の呼吸音だけがうるさい程だ。

「リオン…」

 デジーの困ったような声にハッとなり、自己嫌悪が襲って来た。それでも顔を上げられない。

「少し話を急ぎすぎたな。すまない、リオン。ただこれだけは覚えておいてくれ。貴方は今唯一拘束されていない花茶人で、王の軍と、敵国の工作員とに追われているんだ。自覚がなければすぐにでも捉えられてしまうだろう」

「…貴方達に捉えられているとも言えると思うけどな」

 認めたくなくて、これ以上聞きたくなくてそんな憎まれ口を利いてしまって尚更落ち込む。

「リオン。私を信じてくれるって言ったじゃないか。私達は守人だ。貴方を守ると誓う者だ。どうかそれを信じて…」

 デジーの哀しげな声に胸が痛む。頭の中が混乱してもう何も考えたくなかった。

「リオン。とにかく少し眠るといい。私達が貴方を守るから安心して眠っていい。それとこれを…」

 デュークがふと懐から何かを取り出した。掌に載る丸い金属製の何かだ。視線を取られてじっと見つめるリオンの前で装飾の施された蓋が開けられる。

「コンパス?」

 それは確かに方位磁針だった。しかし本来北と南を指して止まる筈の針はゆっくりと回転し一向に方位を示してはくれない。

「ああ。これは貴方の物だ」

「壊れてるこれを俺にくれてどうしようって言う訳?」

「壊れている訳ではないさ。手を。リオン」

 受け取れと促されてつい反射的に手を差し出してしまった。

 その掌に置かれた途端、それまでゆらゆらと回転し続けていた針がすーっと止まって方角を示した。それと共にリオンの胸の内に何か暖かな物が沸き上がる気がして目を見張る。

「何…、これ」

「デューク。これは何だ? 針は止まったけど指しているのは東北東だ。壊れていないと言ったのに、これでは壊れているも同じだろう」

 デジーも首を傾げて覗き込んで来た。確かに針が指しているのは北から大きく外れている。ひょいとその手に取り上げられた瞬間、針はまたもゆっくりと回転を始め、リオンの胸の内の何かも気配を消していた。

「壊れている訳ではないんだ。これは花茶人の直系の血にだけ反応するコンパスだ。桜の咲く方角を示す」

「え!?」

 リオンとデジーが揃って声を上げる。目を見開いて本当なのかと詰め寄らんばかりの様子にデュークが小さく両手を挙げた。

「………らしい。じぃさまから聞いた話ではな」

 途端に自信のなくなったその声にがっくりと2人の肩が落ちた。

「デューク~」

 まるで双子のように声を揃えてデュークの名を呼ぶ声は非難と呆れが混ざっている。デュークは低く笑い声を立てた。

「仕方がなかろう。それこそ時間が経ちすぎている話だ。とにかくこれは貴方のものだ。貴方の手が触れた途端針が止まったと言うことはそちらの方角で桜が咲くのだと信じていいと思う」

 再びリオンの手に移った方位磁針はゆっくりと先ほどと同じ方角を示して止まった。リオンの胸の内の不安も少し薄れるような気がする。ぎゅっと掌に握りこめば金属の冷たさに熱が移ってほんのりと温もりを持って馴染んだ。

「さぁ。少し眠りなさい。安心して眠るといい」

 促されて素直に横になる。疲れていた身体は休息を求め、即座に眠気が襲って来た。手に方位磁針を握り締めたまま目を閉じる。知り合ったばかりの2人の前で眠る心配はなかった。デュークの声に誘われるようにゆっくりと眠りに落ちて行く。

 デュークとデジーが小さな声で会話を始めたが、それすらもすぐに気にならなくなった。ただ、意識が途切れる寸前、デジーの身に起こったあの不思議な現象について話し合っているらしいことに気づいて、あれは一体なんだったのか聞くのを忘れたと思い至った。しかし緩やかに眠りに引き込まれつつあるリオンはそれに逆らうこともできず、安寧の中に身を任せて行くのだった。

      

      長らくお待たせ致しました。ごごごごご、ごめんなさい。
          間が開きすぎてしまいましたが、
何とか6アップとなりました。 

     もう書き初めの決め事などどこ吹く風と言った感じになっていますが、
     ちゃりさんから出して貰っていた3つのアイテムの3番目、
     コンパスがやっと出ました。王道な使い方で恐縮ですが、やはり「行く先

     を示すもの」として存在させたかったものですからこうなりました。
     出たはいいがまだ使い切れていないアイテム達。
     お話もここまで時間を使っちゃったのだから、広げた風呂敷を
     安易にくちゃくちゃ畳んでお終いと言った御粗末なものに
     ならないよう、頑張りたいと思います。
     よろしければこの先もお付き合い下さいますようお願い致します。

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花茶-5 2006.06.10

 外は雨が降り続いていた。時折遠く雷鳴が走る。じっとりと身体に纏わりつくような重い雨の中をデジーが差し出した手だけを頼りにリオンはひたすら歩いて行く。月も星もないこんな夜。稲光に辺りが照らされることもあるが、それも決して多くはない。そんな中で一体どうやって道を知るのか、デジーは迷いのない足取りでリオンを導いて行く。どこへ向かっているのかなど判るはずもない。闇の中、繋がれた手の温もりだけが唯一確かなものに感じられた。

 頭の中ではまだ疑問と疑心が渦を巻いている。デジーが示したのは話だけでそれを裏付ける根拠は何もない。先程、身を隠す彼らと擦れ違うように蹄の音も高く宿屋へと向かって行った一団をデジーは追っ手だと言ったが、それすらも何を基準に追っ手だとか味方だとか決めるのかと主張する自分もいる。

 しかしその反面、心の中ではデジーの瞳に、言葉に、声の響きに、紛れもない誠意と真実があるように感じてもいた。混乱するままに繋いだ手だけを頼りにひたすら歩いて行く。

 宿屋からはずいぶんと離れたような気がするが、一体自分がどの辺りにいるのかも判らない。時折足が縺れる。水溜りに足をとられたたらを踏んだことも数知れない。どこまで行くのか。どこへ行くのか。雨音に混ざるデジーの微かな足音と、自分の荒い息遣いだけが聞こえる世界で、意識も朦朧としてくる感じだ。

 ふいにデジーが強く手を握って来た。ハッとなって顔を上げれば、いつしか足は止まっていて、気遣うような気配が間近にあった。

「大丈夫か? 疲れただろうがもう少し頑張ってくれ」

 大丈夫じゃない…と心の中で呟くが、そんな事を言っても意味がない。小柄で華奢なデジーが疲れも見せず自分を労わってくることにも、僅かながら引っ掛かるものを感じる。だから大きく深呼吸して先のことに意識を向けた。

「…どこまで行くんだ?」

「デュークとの待ち合わせ場所までだ。もうさほど距離はない。夜が明ける前につけるだろう」

 そう言われても夜明けがどのくらい先なのか見当もつかない。辺りはまだ闇に包まれたままだ。デジーの言葉は明確なのに判らないことだらけのような気がする。それにデュークとは誰なのか。さっきも名前が出ていたが、それがどんな人物で、デジーとはどんな関係なのかも知らされていない。

「リオン?」

 そんな雰囲気を感じ取ったのだろう。デジーが不思議そうに見つめて来た。上空を走った稲光に照らされて、雨に濡れた白皙の表情が闇の中見て取れる。

「どうしたんだ?」

「…君の言葉は謎かけみたいだ」

 リオンの声に責めるような響きが混ざってしまい、デジーの眉根がキュッと寄せられた。まるで子供が困っているような様子で何かを考え込んでいる。

「リオン」

 どのくらいが経ったのか。やがて再び瞳が真っ直ぐにリオンに視線を合わせて来た。間近にいるためか、それともデジーの瞳の色ゆえなのか、闇の中でもそれが見てとれた。リオンの視線を受け止めてデジーはゆっくりと話し出した。

「多分。…多分、私の言葉が足らないのだろう。不審に思っているのかも知れないがどうか信じて欲しい。私は貴方を守る者だ。危害は加えないし、どこかに攫って行こうと言うのでもない。どうか貴方を守らせてくれ」

 考え考えデジーが口にしたのはそんな言葉だった。自信満々に見えるデジーもまた、リオンに信じて貰えたのかと不安に思っていたようだ。困惑した様子でもっと良い言い方はないかと悩んでいるのが伝わって来る。リオンが何も言わないことで更に不安が募ったのだろう。

「デジー」

 沈黙の続く中、ようやく名を呼べば、どこか怯えたようにビクッと身を震わせた。それでもデジーの瞳はリオンを真っ直ぐに見詰めたままだ。どこか不安そうな様子を見せながらも逸らされることはない。その澄んだ深い翠の輝きに吸い寄せられるようにリオンはそっと頬に手を伸ばしていた。

 そしてリオンの手がデジーの頬に触れた途端だった。まるで稲妻に切り裂かれるように眩い光が2人を包み込んだ。驚きに見張った目の前に広がる世界は、あろうことか一瞬にしてその姿を変えていた。

 夜明け間際の深い闇は消え去り、太陽の光が燦々と降り注ぐ眩しい程の明るさが辺りを満たしていた。ようやく眩しさに慣れた目で呆然と見渡せば、そこは小高い丘の上だった。その最も高い位置に大きな樹があり見事な花を咲かせていた。まさに今を盛りと咲き誇る薄桃色の花々は息を飲むほどに美しい。突然の様子の変化に一瞬身構えたデジーが声もなく花に目を奪われるのが感じられた。

 桜だ。

 ずっと探して来た桜が咲き誇っている場所に2人は立っていたのだ。

「どうして…。ここは一体…」

 呆然としたリオンの言葉を遮る様に、一陣の風が枝を揺らした。さわさわと枝を渡る心地良い風に誘われたのか、天に届けとばかり美しく咲き誇っていた花々が一斉に散り始めた。

 それはまるで、時が満ちた刹那を描き出したかのような、息を飲む一瞬だった。花は限もなく散って行く。迎えた最後の時を謳歌するかのように。世界を花びらで埋め尽くすかのように。薄桃色の花吹雪に包まれて2人はただただその潔く散り行く様に見惚れるばかりだ。

『リオン…』

 ふいに優しい声に名を呼ばれてリオンは首を巡らせた。声はデジーではない。もっと柔らかな声音が遠くから聞こえるのだ。

『リオン。デジー。早くいらっしゃい』

 その声がリィムのものだと気づいてリオンはハッとなった。不思議なことに彼女の声はデジーの名をも呼ぶのだ。

「リィム!」

 ふと見れば桜の根方にリィムが立っていた。その姿はかつて夢に見た時と同様に幼い少女の姿だ。頬をばら色に染めて桜の花を追いかけながら2人に手を振って来る。それと呼応して名を呼ぶ声も次第に幼いものへと変化して行った。

『早く。早く。デジー。リオン。花が散っちゃうわ』

 持ち広げたスカートに花びらを集めながらリィムは名を呼んでくる。早くと呼ぶ声はしかし夢の中のように焦燥に満ちたものではない。笑みを含んだ明るい声が嬉しそうに響くのだ。

『リオン。デジー』

 一際強い風が花びらを巻き上げ辺りを一層埋め尽くした直後、その風景は掻き消え、辺りには闇が戻っていた。突然の変化に目がついていかず、すぐ目の前に立っている筈のデジーすら捕らえることが出来なかった。ただ繋いだままだった手が温もりを伝えてくれる。

 もしかして自分は立ったまま眠っていたのだろうかとリオンは咄嗟に思った。あんなに鮮やかにリィムの姿を見るのは夢の中だけしかありえない。こんな状況で寝てしまうなどと考えられなかったが、余りにもいつもの夢に近かった。デジーに謝らなくてはと一呼吸した瞬間、デジーが胸元に飛び込む形で抱きついて来た。

「リオン!!」

 それまでのひっそりとした気配を一転させて、デジーは興奮した様子でリオンの顔を見上げて来た。漸く元に戻った闇に慣れて来たリオンの目が捕らえた翠の瞳は心なしか潤んで見える。

「デ、デジー?」

「なんて凄いんだ! あんなに綺麗だなんて想像も出来なかった」

 うっとりと深く吐息を洩らす。ではデジーにもあの景色が見えていたのだろう。夢ではなかったのかとリオンは首をかしげてしまった。

「デジー。その…。今の風景を見たのかな。風に舞い散って行く桜の花吹雪を」

「ああ。一緒に見ていたとも。信じられないくらい綺麗だった。一体どんな力が働いたんだろう。リィムが呼んでいたな。早くしないと花が散り終わってしまうと。たった1本の樹だと言うのにあんな綺麗だなんて…」

 早口でそう告げた後、気持ちを落ち着かせようとしたのか大きく息を吸ってゆっくりと吐いて行く。しかしそう簡単に興奮からは醒めないのか、心臓がトクトクと早く脈を刻んでいるのが伝わって来た。

 もう疑う余地はなかった。リィムが笑顔で呼んでいた。ならばこうしてデジーと共に来たのは正しかったのだ。

「デジー。君が言った通り、僕達の血は遠い昔で繋がってるんだな」

 聞かされた話は全て本当なのだと今はすんなり受け入れることができた。花茶人と守人と言う関係については今だ納得はできないが、状況を把握しているデジーに身をゆだねることは正しい選択だろう。とにかく桜を探さなくてはならない。

「リオン…。信じてもらえるのか?」

「ああ。信じるよ」

 だからどうぞよろしくと頭を下げれば、雷鳴に照らされたデジーの表情が泣き笑いのようになったのが判った。しかしそんな表情を見られたのが気まずかったのか、すぐに下を向いてしまったが。噛み締めるような小さな声が零れ落ちリオンの耳にも届く。

「良かった…」

 深い安堵と感謝を含んだその声が、リオンにも安心をもたらす。

「行こうか。夜明け前には着けるんだろう?」

「ああ。行こう。こっちだ」

 さっきよりも強く手を握り合って歩き出す。リオンにはやはりどこに向かっているのか判らなかったが、それまでのような不安は一切なくなっていた。

             **   **

 それからどのくらい歩いたのか。ふと気づけば辺りはうっすらと闇を薄くし始めていた。雨も止んで雲の切れ間から星がちかちかと瞬いている。

「ああ。やっと見えて来た」

 それまでずっと黙々と歩き続けたデジーが、強い安堵と共に口を開いた。どうやら丘を下った少し先にうっすらと形が見て取れる小屋が目的地らしい。

「もう少しだ。デュークと合流できればまた状況が好転する筈だ」

 その声には信頼と安心が滲んでいる。妙に気持ちがざわつくのを感じてリオンはつい胸元を押さえてしまった。2人だけの時間が終わると思った途端、現金にも到着するのはもう少し先でもいいのに…と思う自分がいる。デジーが信頼しているデュークと言う名の人物と会うのも何だか面白くない。

「ちょっと待った…。何だ? 面白くないって」

 冷静に自分の気持ちを反芻したリオンは、つい小さな呟きと共に足を止めてしまった。当然手を引かれる形でデジーもたたらを踏む。

「リオン? どう……。っ…」

 どうした…と言う疑問を飲み込んだのだろう。ふいにデジーの身体に緊張が走った。リオンは判らず首を傾げる。さっきの声はつい心の中の声が零れたもので、デジーを止めようと思った訳ではないのだから。

 しかしデジーは何かに警戒したらしい。

「よく気づいたな。確かにおかしい」

 そっと繋いでいた手が離され、リオンは少し身体を後ろに押しやられた。デジーの手が剣を握ったことに気づいてビクッとなる。

「デジー!」

「静かに。小さいが明かりが見える。デュークじゃない。気配は多くないから宿でやり過ごした奴らとは違うと思うが、人数がいたら不利だ。次のポイントへ変更しよう」

 そっとリオンを押して下がるように指示して来た。デジーの瞳は小屋を睨んだままだ。

 息を殺してゆっくりと下がろうとしたリオンの足元で小石が崩れた。それが他の石にぶつかって丘を転がり落ちて行く。小さな石に見えたのだが、深いしじまの中、それは驚く程の大きな音となって辺りに響いた。

 途端、小屋の中に緊張が走ったのがリオンにも感じられた。慌てたように小さく見えていた明かりが消される。

「リオン。離れていろ」

 デジーの堅い声に身が震える。

「でも…」

「奴らの狙いは貴方だ。厄介なことに花茶人を狙っている奴らは多いらしい」

「どうしてそんな事…。単なる旅人だとか、普通の盗賊の可能性だって……」

 言いかけたリオンの言葉は途切れることになってしまった。強くリオンの胸を押し、その反動を利用するかの様にデジーが小屋へ向かって走り出してしまったからだ。

「デジー!!」

 慌ててふらついた躯を立て直し後を追う。デジーの足は速く、ぐんぐん先へ行ってしまう。今や小屋からも男が5人わらわらと駆け出して来ていた。手に手に刀を持ったその姿は凶悪すぎた。幾らデジーの腕が良いとしても勝てるものではないだろう。多勢に無勢であり、何よりあの細い躯では力負けするのが目に見えてする。

「止めろ、デジー! 無茶はするな!」

 彼女の中では自分は守られる存在なのかも知れないが、リオンには到底耐えられる状況ではなかった。荒事には弱い自分に何ができるか判らないが、デジー1人を向かわせることなど決して出来ない。

 早くもデジーは男達と正対していた。まだ年若い少女と見て、男達があざける様子で取り囲んで行くのが見える。その顔には更に下卑た色も濃く浮かんでいて醜悪だ。

 まるで獲物をいたぶる獣のように1人の男がデジーに刀を向けた。しかし次の瞬間には大きな音を立てて男が倒れていた。多分何が起こったのか気づかぬまま息絶えたことだろう。それ程素早く鮮やかな動きでデジーは1人目を切り倒したのだ。

 残った男達が俄かに殺気を強くした。小娘と思って侮ったことを後悔しているのだろう。

 リオンはまだ辿り着けずにいる。見た以上に足場が悪い上、デジーも男達も有利な場を探りながら剣を交えつつ刻々と場を移動するからだ。

「デジー!!」

 叫ぶリオンの声にビクッと躯を震わせたデジーは、しかし視線を向ける隙もなくただ大声で怒鳴って来た。

「来るな!! 行けと言った筈だ!」

「出来るわけないだろう!」

 男の意識がリオンに向かった隙をついてデジーがあっと言う間に更に2人を切り捨てていた。鮮やかな手並みだったが、呼吸が荒く肩で大きく息をしている。やはり無理があるのだ。

 護身用でしかない短い剣で、一体どんな加勢が出来るのか判らないままリオンは男の1人に切りかかった。せめてデジーの相手が複数でなくなれば負担も少しは減るのではないかと思ったのだ。

 自分の剣が届くより早く男の刀が切りかかって来た。それは予期していたことだから身を捩って躱したつもりでいたのだが、読みが甘かったらしく肩口に鋭い熱を感じた。次いで痛みが走る。深い傷ではないと思うが出血が多かった。

「リオーン!!」

 デジーの悲鳴のような声が聞こえ、自分の相手を放り出し、リオンを傷付けた男に後ろから切りかかっていた。十分に体重を乗せ、上から切り下げた剣は男を一撃で息絶えさせた筈だが、デジーは返す剣で更に切りつける。それでも収まらないのか、更に突き刺そうと剣を構えなおすのが見えた。冷静さを欠いたその行動にリオンは胸が苦しくなるのを感じた。これを引き起こしたのは全て自分のせいだ。

「デジー! 止めるんだ、デジー! 止めろー!!」

 腹の底から静止を叫んだ瞬間だった。デジーの躯が何かに縫いとめられたかのようにがくんと止まってしまったのだ。構えた腕もそのままに、信じられないと言うように目を見開いて、しかしぴくりとも動くことはできずにいる。

 何が起こったのか考える時間はなかった。デジーの気迫に気圧されて動けずにした最後の1人が我に返り、好機と見てとってデジーに切りかかったからだ。

「デジー!!」

 リオンはぎゅうっと縮み上がる心臓の音を聞いた気がした。咄嗟に2人の間に割り込もうと踏み出していたが、間に合う距離ではなかった。

 デジーが殺される!

 その恐怖に震えながら、まるで間延びしたように感じられる1秒1秒の場面を克明に見続けていた。男の刀がデジーに向かって行く。デジーは翠の瞳を怒りと屈辱に煌かせながら、制止したままの姿で立ち尽くしている。

「デジー!!!」

 誰か助けてくれと声の限り叫んだ瞬間、黒い影が2人の間に走った気がした。鋭い金属音が一度だけ響き、次いで男がゆっくりと倒れて行くのが目に入った。

「………っ!!」

 やがて昇ったばかりの太陽が大地を茜に染める中、聞こえるのはがっくりと膝をついたリオンの荒い呼吸音だけとなっていた。

 黒い影に見えたそれは人の姿となり、優美とも取れる仕草で剣を鞘に戻すところだった。リオンと視線が合ったと気づいてにやりと笑う。ひどく男臭い、一癖も二癖もありそうな笑みだったが、悪意はかけらもなく、むしろどこか慈愛を含んでいるようにすら見えた。

 呆然と見上げるリオンに小さく頷いて、危機を救ってくれた男はデジーの横に立った。

「何を…っ」

 デジーに何をする気だと止める間もなく、男はデジーの背中をトンと叩いた。途端にデジーは硬直が解け、ぐらりと躯を傾がせる。男はそれを見越して優しい手つきでその躯を支えていた。

「デジー! ああ、デジー、良かった!」

 慌てて立ち上がったリオンはデジーに駆け寄りその華奢な躯をぎゅっと抱き締めた。伝わって来る熱が生きていることを実感させてくれて涙が溢れて止まらなかった。

 

 

 

         うわわ。またしても大変長らくお待たせしてしまいました(>_<)。

         何とか(5)ですが、ア、アイテム3が…(>_<)(>_<) 

         ここまで来ると次回出るかどうか言えなくなって来ました、すみません~。

         でも主要人物はやっと出揃いました。最後の黒いのがデュークです。って、

         これじゃあ出たにならないですかね。

         どこまで掛かるか先が不明ですが、どうか見捨てずよろしくお願い致します。  麻唯

  

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花茶―4  2006.1.28

 殆ど足音も立てずに後を付いて来るデジーの気配を強く意識しながら、リオンは一体何が起こっているのかと悩んでいた。デジーに言われたことは何一つとして理解が行かないし、これから聞かされる話がどう言ったものなのかもさっぱり想像がつかない。これは本当に自分の身に起こっていることなのだろうかと疑問が湧くばかりだ。
 ぐるぐると判りもしないことを考え考え自分の部屋の前まで来た途端、リオンは呆然と立ち尽くすことになってしまった。一泊だけの予定で取った部屋だから元より多くない荷物を広げることもしていなかったのだが、その散らかる筈もなかった部屋の様子が一変していたのだ。薬草を入れた箱は蹴り倒されているし、着替えや身の回りの物を入れていた袋は引き裂かれ、中身が散乱している。先程足音も荒く踏み込んだ男達が腹立ち紛れにやったのだろう。
 何故こんな事をされなくてはならないのかと、理不尽な思いを抱え立ち尽くしていると、後からついて入ったデジーが軽くため息をついた。
「やられたな。失くなったものがあるか?」
 デジーにとってはショックを受けるようなことではないらしい。これもこれから聞かされる話と繋がっていることなのだろうかと、リオンは顔をしかめつつ荷物を点検した。
「大丈夫だ。地図はちゃんと残っているし、元から金目のものは置いていなかったから」
 他に大切なものは家族から出立の際贈られた無事を祈るお守りだけだ。
「そうか。不幸中の幸いだな。いつでも出られるように荷物は纏めておいた方がいい。奴らはデュークが誘い出したから大丈夫なはずだが何が起こるかわからないからな」
 どうやらこの先も穏やかな時間は来ないようだ。諦めのため息をついて言われた通りにした後、取りあえず落ち着こうと開いたままだった扉を閉めようとした。しかしその動作をデジーに止められることとなった。
「扉は閉めるな」
「え? ああ。そうか。君は大人の女性なんだって主張していたっけ。マナー違反だった。失礼、レディ。お茶も用意した方がいいかな。」
 これから話を聞かなくてはならないのだが、どこかで気持ちが動揺しているようだ。殊更日常的な会話をすることでそれを少しでも遅らせようとしている自分を愚かしいと感じつつ止められなかった。
 しかし対するデジーはどこまでも普通の少女とは違った存在だった。キョトンとした表情でリオンを見つめて首を傾げている。
「一体何の話だ?」
どうやら本当に理解できずにいるらしい。やはり見た目と同様まだ子供なのだろうかとリオンは苦笑いする。
「君のために扉は閉めちゃいけなかったんだなって話だよ」
「私のため? どう言うことだ? 私ならば心配はいらないぞ。…いや、私が貴方に危害を加えると勘繰っているのか? ならば尚更心配は無用だ。そんな無駄なことを考える余裕があるならむしろ外から明かりが見えることを気にした方がいい」
 1人で納得している様子のデジーはリオンが言った言葉の意味を全く理解していなかった。害意はないと知らせようと言うのか両手を軽く上げて見せる。この時になって初めてデジーが腰に剣を下げていたことに気づいた。扱いに慣れた様子は腕に自信があると言うことなのだろうか。
 リオンが剣に気づいたのを見て取ると、デジーは言葉に従うようにランプの明かりを消した。扉を開いたままにしてあるので廊下の明かりが入るから大丈夫だろうなどと呟いている。本当にリオンの常識では測り切れない性格をしているらしい。
「だから何でそういう発想になるんだ。逆だよ。若い女性が男と二人きりで部屋に入るのならば扉は開けておくものだ。明かりを消すのもまずいだろ。剣を持っているからって過信するのは止めた方がいい。腕力で押さえ込まれたら適わないんだから」
 リオンの言葉にデジーは一瞬あっけに取られた顔をして、それから思い切りしかめ面になった。
「つまり何か? 私が貴方に押し倒される心配をしているのではないかと考えたと言う訳か。全く。本当に全然判っていないようだな。貴方は花茶人で私は守人だ。その事実がある限り互いの間で一切の警戒は不要なんだ。男とか女とかも関係がない。扉を開けて置くのは貴方がここから立ち去ったとカモフラージュしているのだからそれを維持するためだ。なるべく奴らが踏み込んだ状態のままにして置かなくてはならないし、いざと言う時の逃走路にもなる。これは窓も同様だ。だから部屋に明かりも入れない。宿屋の親父は朝まで絶対に近づかないのだから明かりが見えるのはおかしいからだ」
 まるで物分りの悪い子供にでも言い聞かせるかのような口調にリオンは少しむっとなる。
「だから花茶人とか守人とか、一体何の話なのか全く判らないと言っただろう。何で俺がこんな風に追われなくちゃならないのか、説明してくれるんじゃなかったのか?」
 つい勢いに任せて口にしてしまってからハッと口を閉じる。これでは本当に物分りの悪い子供のような口調だと思ってももう遅い。デジーがその翠の瞳で真っ直ぐに見上げて来た。心の中まで見透かされそうなその瞳に居たたまれない気持ちで一杯になる。
 しかしデジーはそんなリオンの気まずさを気にした風もなく、納得顔で頷くとさっとイスに腰を下ろしてしまった。気配で促されてリオンもその向かいに腰を下ろす。これは腹を括って話を聞く覚悟が必要だろう。
「すまなかった。最初から説明が必要だったんだな。本当はデュークから聞いた方がいいんだが、いつ戻れるか判らないから私から説明しよう。私達から数えて4,5世代前、この国には花茶人と言われる種族がいたんだ」
 デジーの話はそんな言葉で始まった。

 花茶人とは独特の効能を持つお茶を淹れられる血筋の人々を示す言葉だ。彼らは花びらからお茶を淹れ、それを振る舞うことにより人々の心を静め、安らがせ、争いごとを減らす能力を持っていたのだ。
 もちろん、花びらからお茶を淹れるのは花茶人だけではないし、何も特別なことではない。気持ちを落ち着かせる花があることも周知の事実だ。しかし彼らほどはっきりとその効能を顕著にし、人々の心に他人を傷付けることを憂う気持ちを抱かせられる者はいなかったのだ。故にいつしかその能力を有する人々が花茶人と呼ばれるようになっていった。
 花茶人はこの国の王にも重宝がられていた。他国が領土拡大へと意欲を大きくし国に攻め入って来る時、王は花茶人の淹れたお茶を敵兵に飲ませ、戦意を喪失させることで戦が大きくなるのを防いだのだ。かつては花茶人とそのお茶があることでこの国の平和は保たれていたと言っても過言ではない時代があった。
 しかし、長らく平和が保たれていたある時、花茶人のお茶の効能が他国に知られてしまったのだ。時の王は花茶人が敵国に利用されるのを恐れ、彼らを一族として存続させることに危機感を覚えてしまった。時を同じくして王自らが平和に飽き、他国を侵略し領土を拡大したいとの意欲が高まっていた時代だったことも災いしたのだ。
 侵略への欲望に取り付かれていた王は、人の心を惰弱させると花茶を忌み嫌うようになり、その思いはいつしか花茶人達へも向かうこととなった。彼らを細かく分断し一族として力を継承できないようにしようと考えたのだ。その施策は徹底していて、花茶の元となる花、彼らの効能が最も顕著に現れる桜も全て切り倒すようにと王命が出された。徹底した排斥で邪魔をするものは容赦なく切り捨てるようにと命じられた兵が花茶人の祭りの場に派遣されたのだ。
 リオンはそれがあの夢に見たシーンだと悟った。兵達は無表情に王の命令を遂行し、桜を切り倒し、リィムの一族を切り捨てたのだ。
「王としては憂いを断ち切ったつもりでいたようだ。桜を国中からなくし、花茶人をそれと判らないようにあちこちの村に分断して住まわせ、これで他国に利用されることはなくなったのだと思い込んだ。それが結局は自分の首を締めることになるとも気付かずにな」
 デジーは度し難いとでも言いたげな低い声でそう告げた。ひどく苦々しい口調だ。
 リオンは一瞬目を閉じてあの日の夢の内容を追う。紛れもなくあれが今デジーが話してくれた事実と繋がっている。かつてリィムが体験した事だと頭では判っていても、こうして他人の口から語られる事実は重くリオンの心に影を落とす。
「俺はその日の光景を知っているよ。俺の曾祖母がその場にいたんだ。かつて彼女が体験したことを夢で見ることで俺もそれを追体験したんだ」
 普通では何を馬鹿なことを言われそうなリオンのそんな言葉を、デジーは澄んだ翠の瞳にどこか満足そうな色を浮かべながら当然の如く受け止めてくれた。
「ああ。リィムの夢だな。直系の長の娘だ。彼女の力は幼い頃からずば抜けていたらしいぞ。花茶人は人と人との付き合いを親密に持ち大切にする種族だ。特に一族の間では独特な繋がりを持っていたと聞く」
 多分そうした力が夢と言う形で貴方に報せを寄越したのだと言った。
「貴方はその血を一番色濃く継いだ者なんだ。花茶人が一族として栄えていれば長の跡取となっていただろう」
 デジーの口調はまるで予言でもするかのようだ。花茶人があのような不幸に見舞われず繁栄した世界。しかし現実には彼女達は自国の王から迫害を受け散り散りとなっているのだし、リオンにとってすれば有り得ない未来に思える。
「リィムがあれを体験しないで済んだのなら俺は生まれていないかも知れないだろう。他の誰かと結婚して、俺のばぁさまじゃない誰か別の子供を産み育てたに違いないんだから」
「いいや。貴方は生まれて来ただろう。例えリィムがどんな人生を歩んだとしても。その血を濃く引く者は確実に未来へと受け継がれて行くのだから」
 凛として面を上げ、揺ぎ無い瞳で見つめながらそう断言するデジーにリオンは更に眉間に皺を寄せる。
「俺より年下のくせしてどうしてそんな風に人生を語れるんだ?」
「語ると言うのとは少し違うと思うが。私も未来へと血を繋ぐよう生まれた人間だ。自分の存在、なすべきことに疑問はない」
 一層揺ぎ無い様でそう言い切るデジーの瞳の強さ、輝きに気圧されてリオンは言葉を失う。デジーの言葉は多分自分がリィムより託された桜を探し守ると言うことと同じことだ。ただリオンにとっては漠然としたイメージと焦燥から桜を探さなくてはならないと思ったことが、デジーにはその背景や意義がちゃんとわかって行動していると言う違いがある。
「私は守人一族の長の血を引く者だ。守人とは言葉通り守る者だ。花茶人を守る者として存在していたんだ。かつては」
 デジーは痛みに耐えるような表情でそう告げた。かつて存在していたと。確かにリオンが夢で見たあの日の光景の中に、恐怖に慄く花茶人を守る存在がいたようには見えなかった。
「あの時、花茶人があんなことになるとは考えもせず、守人一族は役目を放棄していたんだ。何故自分達が花茶人を守らなくてはならないのかと言う愚かしい考えが大きくなって、別々に生きる道を選んだつもりでいたらしい。当時の守人の長はまだ若くて、一族の不満の声を説得するだけの経験がなかったせいだとも聞いた。とにかく私の祖先たちは独自の生活を送りたいと花茶人たちから離れて行ったんだ」
 だからこそあの日、祭りの場を踏み躙られ、王が命じたように散り散りに分断されて花茶人が連れ去られたことを守人達は後から知った。その時にはすでに桜は倒され焼かれ、花茶人はその地に一人として残されることはなかった。
「それからずっと我々は花茶人を探して来たんだ。今度こそ守れるように。花茶をこの世界からなくさずに済むようにと」
 守る存在と守られる存在。そうした関係がリオンには今一つ理解ができない。確かにあの日、リィム達を助け、桜が焼かれるのを止められる誰かが居てくれたらと思った。しかしそれは義務として存在するものではないと思うのだ。
「大体どうして守人なんて一族が存在するんだ? 花茶人が自分達で自衛手段を講じることはできなかったのか?」
 誰かを犠牲にして自分達が助かると言う発想がリオンには考えられない。
「疑問に思うのは判る。私も最初はそう思ったからな。花茶人が自衛手段を講じた結果が守人一族の誕生に繋がるんだ。人には向き不向きがあるだろう。花から茶を淹れ、争いのない世界を望み人との繋がりを親密に持つ花茶人には誰かと争うなんてことは出来なくて。自ずとそうしたことをこなせる人物が一族を守る役目を担う事になった。しかしそれは言ってしまえば花茶人としては外れ者になるんだ」
 自分達を守るためとは言え、誰かと争うことの出来る人を見る目は段々と厳しくなる。花茶を淹れることと守ることは両立しなくなって行き、最初に一族を守ろうと決意した人物は花茶人とは一線を画して生きることを余儀なくされたのだ。それでも誰かが彼らを守らなくてはならないと決意を決めた。
「その頃は盗賊なども多かったし、それでなくても温和な性質の花茶人は蹂躙されても余り抵抗しない人々だったからな。王に庇護されるようになるまでは様々に危険なことがあったらしい。逆に王の庇護下に入ったことで守人は自分達の存在意義がなくなったと感じ離れてしまったんだ。その結果がこうだ。花茶人は散り散りとなり、その血を引く者は自分が花茶人だと知らずに育つことになった」
 嘆かわしいとばかりに小さく首を振るデジーにリオンはそもそもの疑問をぶつける。
「そんなにして守る程、花茶人は大切なのか?」
 それは守人一族として誇りを持って生きてきたらしいデジーの存在すら否定することになるかも知れない質問だった。憤慨して反論して来るか、またしてもそんな事も知らないのかと呆れたような視線を向けられるのではないかと身構えていたのだが、デジーは翠の瞳に真摯な色を浮かべてきっぱりと頷いた。
「ああ。大切だ。花茶人は存在そのものが希望なのだから」
「希望…?」
「ああ。希望だ」
 そんな大仰な話なのかと訝るリオンに、デジーは綺麗な笑みを浮かべて再度きっぱりと頷いた。確信に満ちた笑みだ。
「私は守人だ。貴方を守るよ。リオン」
 そんな風に言われる花茶人とは一体どんな存在なんだと、リオンはまだ他人事のように考える。デジーの話が自分に繋がるものなのだとは話として理解していても、まだ実感として感じられないのだから。
 ずっと探して来たと言っていた。だからこそ、さっき食事処であんな風に強い視線で見つめて来たのだろうか。しかしデジーはリオンの故郷の名前を知っていたではないか。デジーの話の一体どこまでを信じていいのか。これは本当に自分に繋がる話なのかと後から後から疑問が湧いて来る。
 黙り込んでしまったリオンをデジーはそっとしておいてくれた。傍らに静かな呼吸が感じられる。それまで全く耳に入っていなかった雨音がまたしても聞こえるようになった。一旦は小降りになっていたようなのだが、今またザーザーと音を立てて降りようになっている。
 雨の音に身を隠すようにして自分の思考にはまり込んでいたリオンは、ふいにデジーが身を固くして立ち上がったことに驚きビクッとなった。
「何?」
「蹄の音だ。デュークじゃない。ずいぶんと数が多い」
 さっきのやつらが戻って来たのかと身構えるリオンに、デジーは荷物を持って窓際へ行くように指示した。頷いて立ち上がったリオンに、デジーは自分が羽織っていたマントを着せ掛ける。
「え? ちょっと何だよ?」
「貴方の髪色は目立つんだ。フードを深く被っていろ。それなら少しは雨も凌げる。行くぞ」
 同じ色なデジーの髪はどうなんだと言う反論もできない内に、デジーは中に襟元に巻いていたらしい布を引っ張り上げて髪を隠してしまった。そのまま窓からひょいと外へ出る。
「デジー!」
 さすがに声は押さえていたが、慌てて外を見ればデジーは少し下の位置に立ってリオンを見上げて手を差し出していた。
「騒ぐな。大丈夫だ。こちら側は街道からは見えないし、下の物入れの屋根が丁度巧い具合に逃走経路を作ってくれている。雨がひどいのも幸運だ。早く来い。奴らとかち合う前にここを抜け出すぞ」
 闇の中、デジーの瞳が暗い翠に輝いている。それを信じるか否か、何故かこの時のリオンは迷いもせずデジーを追って激しい雨の中、物入れの屋根にそっと足を下ろしていた。

              お待たせ致しました。やっと(4)が書きあがりました。
              でもでもアイテム3がまだでませんでした~。ごめんなさい。
              次回はちゃんと出てきます。お楽しみに。 2006.1.28  麻唯

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