お題ショート「窓」;ちゃり
(谷川俊太郎作「宇宙船ペペペペランと弱虫ロン」世界文化社ドレミファブックの一冊に載っていたこのお話、ロンがかわいそすぎるぞー!と感じた人も多いと思います。ロンを何とか救うことはできないか? 今回のショートはそのために書きました。ですので科学的に考えないで下さい。宜しく)
宇宙船ペペペペランが去った後、突き放されたロンは虚空を物凄い速さで飛翔し続けていた。
超小型宇宙船と言っていいほどの頑丈な船外作業服。ヘルメットの顔部分にあたる窓には、宇宙の星々が反射しているばかりだ。恒星の強い光から目を守るための偏光作用により、窓の外から中身の様子を伺うことはできない。
その窓の中では、ロンが歌を歌っていた。
ありったけの大声で、それは殆ど絶叫といえる極限の声だった。力いっぱい瞼を閉じて、長いこと途切れず歌い続けた。密閉された殻の中で誰にも知られず、誰にも届かない歌を。
やがて声は枯れ果て微かなささやきのようになり、それでも歌は終わらない。
力尽きたロンは懐かしい子守唄を自分のために一節一節区切るように呟きながら、そっと、ゆっくり目を開けた。
その時、その目に映ったものを言葉で書き記すことはできない。
ただそこにあるものがあるだけ。
ロンの体はとある辺境の恒星系に向かって落ちていった。充分な速度が付いていたので太陽には捉まらず、その向こうにあった幾つめかの惑星に引き寄せられていった。
まだ若すぎて生命を持たないその星に、ロンの体は落ちた。そして拡散し、凝縮し、空へ登り、雨のように降り注ぎ、それを繰り返し、長い時間が経った。過去か未来かも分からないほどの、長い時間が。
夜、二階の子供部屋の窓の中。温かなベッドの上で半身を起こし、子供はぽろぽろと涙をこぼし、すすり泣いていた。横にはママがいる。
「大丈夫よ、ママがいてあげるから。まあ、こんなに泣いて、どんな怖い夢を見たのかしら」
まだ小学校に上がったばかりの、小さなロンの背を撫でてママは言った。
「大丈夫よ。ママは絶対あなたを一人にしたりしないから。ずっとそばにいるからね。だから安心して、良く眠るのよ」
ロンは涙をいっぱい溜めた目を上げて、悲しそうにママをじっと見つめた。
「ママ。ごめんなさい。怖い夢を見たんじゃないんだ。ぼくは行かなきゃいけないんだよ。ママ、ごめんなさい」
「どうして謝るの? どこへ行くって言うの?」
「ごめんなさい、ママ」
窓の外、夜の闇、星の海のその向こう、ずっとずっと果てのない彼方から、未来が子供を呼んでいた。
夜の窓の外に降り注ぐ星辰の無限の光。ロンは、今まで取りとめのなかった「自分」というものがそのとき確かな形を成したことを知った。そして心を引き裂かれて泣いた。
ママ、ぼくはいつかあなたを突き放して、ずっと遠くへ行ってしまう。
ママを独りぼっちにしてごめんなさい。ずっとそばにいてあげられなくてごめんなさい。
行きたくない、怖い。でも。
ぼくは行かなくちゃいけないんだよ、ママ。
その夜、ロンはママの腕の中で泣き疲れて眠った。
翌朝は夢のことなど忘れたように、いつもと同じように起きて学校へ行った。
それからもロンは人一倍臆病で、泣き虫だったけれど、心の奥ではいつも未来とまっすぐに繋がっていた。そこへ向かって、行けば戻れない階段をひとつひとつ上っていった。
一人ぼっちで虚空を飛びながら、大きな声で歌を歌った、その歌は悲しみのせいだろうか。
それを言葉で書き記すことはできない。
ただそこにあるべきことがあっただけ。
むかし、むかしのお話。
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